第4−1話 海賊たちの声〜キャプテン・マイナーの決意〜

―――ザザーッ、ゴオォォォ……

 波の音が聞こえる。嵐が猛威を振るっている。

 ここは海、遥か彼方まで続く海。

 その海に今、一人の男が挑もうとしていた。

「もう、悔いはない!」

「そんな! 船長!」

「大丈夫だ、お前らならやれる」

「いや、俺にはあいつらをまとめ上げるなんて無理だ! すぐに捕らえられてしまいます!」

キャプテンは、副船長の目をしっかり見た。そして、最後の言葉を告げた。

「この海は終わらない。その海に駆り出して、ただひたすら追われて宝物を探し続けた日々。もう、俺にはそんなの、どうでもいい。何よりも大切な宝、それはお前たちだ。ここで俺はこの船を必ず理想郷に導く。船長として、一人の男として、けじめをつける」

「船長!」

「お前なら俺の代わりはできる! いや、やれ! それが俺からの最後の船長命令だ」

「そ、そんな」

「小舟はもうない。俺は残る、船長として。みんなを死なせたら、俺は死にきれずに亡霊となって、この海をさまよい続けるだろう。さあ、行け! お前たちに、明日の海が待っている!」

 そういって、キャプテンは最後の小舟の船につないでいた鎖を刀で切った。どんどん小舟が遠のいていく。これでよかったのだ。

「船長! 船長!」

 副船長は叫び続けた。非常にも、嵐の波は船長と副船長とを離していく。

 キャプテンは、完全に小舟が見えなくなったのを確認して、前に向き直った。目の前には竜巻があった。もちろん、そこに突っ込んだりしたら一瞬で海の藻屑となって沈んでいく運命は目に見えている。小舟は五隻あったが、船員が乗り切るにはあと一人分足りなかった。

 一隻修理中だったのがあだとなった。それで、船長であるキャプテン・マイナーは船員にすべてを託して、自分ひとり船に残ることを決めたのだ。 

「こうして、意志は引き継がれていく。それが海」

 キャプテンは、昔のことを思い出していた。


     ***


「わっはっはっは、坊主、海賊なんぞになるってか。やめときな、一生罪を背負って追われ続けることになるぞ。宝と金と女、これを政府に申し出ないで持っていることが罪とされているこんなご時世、悲しいもんだねぇ。俺なんか昔……」

 いつもこんな話ばっかりだ。海に出るための小舟を買うための金を稼ぐべく、酒屋でアルバイトをしているが、夢を聞かれて海賊と答えたら、たいてい馬鹿にされる。いいじゃないか、子供如きの夢を、酒の肴にしないで。

「終わったー」

「ありがとうね。マイナー」

「いえいえ、これも夢をかなえるためです」

 酒屋のおばちゃんは、実は海賊に何回もあったことのある人で、一度小さいころに船に乗せてもらって海賊体験をしたことがあるらしい。今の世の中、海賊は野蛮だって言われがちだが、俺にとっては、漢だった。


「やっとたまったー、これで船を買うんだ!」

 酒屋で働き始めて約半年がたったころ、俺は舟一つ使えるほどの稼ぎをしていた。そして、ついに今日、買いに行く決心をした。両親はずいぶん前に村の流行り病に倒れて、この酒場に引き取ってもらって働いていた。その時、ちょうど乾燥から発生した山火事で村全体が焼け落ちそうになった時、全員を別の場所に避難させたのが、海賊だった。その海賊に一歩近づいたと考えると、なんてすごいことなんだろう。るんるんとスキップをしていると、

「おい、あんちゃん。ちょっといいかね」

 突然大柄な男に道をふさがれてしまった。

 後ろに下がろうとするとまた別の男にぶつかった。素早く距離をとって周りを見渡すと既に大勢に囲まれていることに気づいた。そしてその顔を見て、そいつらは村で悪さばっかりしている奴だとわかって、ひるんでしまった。

「おい、その手に持っているものは金か?まあ何でもいい。それをよこせ」

「嫌」

「そうか。なら、力ずくで奪うしかねえなあ。もう逃げられないぞ」

「俺は、俺は……」

「ああ?」

「俺は、海賊になるんだ! このお金で船を買って、海に出て、たくさん冒険するんだ!」

 その時の十四歳のキャプテンには、それがどれほど無謀なことかを知る由もなかった。

「そうか、俺は昔海賊に親を殺されてな。なら手加減も容赦もしない」

 男たちはいっせいにキャプテンをにらみつけた。そして今にも飛び掛かろうとしたその時、

「おい、お前ら、子供相手に本気になるとは、大人の面目つぶれだぜ」

 後ろを見ると、小柄な男の後ろにそこそこ背の高い別の男がたっていた。その男たちが目を離したすきに、キャプテンは隙間をかいくぐって輪の中から脱出した。

「お前、海賊だな。覚悟しな」

 男たちが一斉にこちらに向かってきた。

「坊や、さがってな」

 海賊の彼の顔を見て、気づいた。彼は以前村のみんなを救い出してくれた、あの海賊の一人だった。彼は刀の鞘も抜かずに全員を立ち上がれなくしてしまった。

「よし、もういいぞ」

 その言葉を合図に家の影から警察が出てきた。悪いやつらはみんな捕まってしまった。

「なあ、坊や」

「は、はい」

「海賊になりたいんだろ。来るか、俺らと」

 一瞬で体中に鳥肌が立った。

「え、ええええっ!?」

「思い立ったが吉日。準備をしてきな。港で待っている。来ないなら今すぐにでも俺たちは出航する。どうだ」

 海賊の人は、僕を真剣なまなざしで見つめた。

「分かった、行く!」

 それが、キャプテンの出航の日となった。


     ***


 二年後、キャプテンは憧れていた海賊の仲間から独立し、新たな仲間と共に、海に出ようとしていた。船長として、海に出るのは初めてだった。独立の話を船長にした時、彼は色々なことを話してくれた。

「マイナー、船長は、仲間のみんなに責任を持つことが必要なんだ。仲間が困ったときは助けてやる。たとえ、自分の命に代えてでもだ。そして仲間をまとめなくちゃいけない。仲の悪いやつらがいたら、その間に入って手を取り合わせる。いざというときのためにだ。正直、ハリーがお前を連れてきたとき、こいつなら大きなことをなすことができると確信が持てた。俺たちのその意志が、仮にもお前に引き継がれているのならば、お前のいずれ出会う仲間にその意志をさらに引き継いでやれ。この海は終わらない。その海に駆り出して、ただひたすら追われて宝物を探し続けた日々よ。その経験が、お前をさらなる海の果てへと連れて行ってくれるだろう」

 この声を形に残すことはできないけど、俺の頭の中に残り続ける。きっと。

「船長、もうそろそろ行きますか」

 副船長に任命したセナが話しかけてきた。

 彼は、キャプテンが久しぶりに上陸した大陸で助けた少し年下の初めての仲間だ。彼が引き連れていた海賊志望のグループは十五人ものメンバーがいた。俺はたまに彼らの住む町に立ち寄って、前の海賊団にいたころの話をしてやった。みんな興味津々で聞いてくれた。

 その中で十人が俺についてくる道を選んだ。まるで昔の俺を見ているようだった。

「海は変わらない。土の道は泥になり、割れ、崩れる。でも、この海だけは、俺たちに確実な道を示してくれる。道なき道を、進む覚悟はできているか?」

「ハイサー! 船長!」

「よし、出航だ!」

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