第4−0話 舞台前

「うー。本番だ、緊張する……」

「大丈夫や、ファイト。キャプテン一のことを考えてみい。絶対あっちのほうがきついで」

 海賊の下端の服装に扮した仁が、肩をたたいてくる。頭に紅色のバンダナを巻いて、あえて汚したホワイトシャツに、少し丈の短いチノパンという格好をした仁は、いかにも、海賊といった風貌だった。

「大丈夫だよ。二人とも似合ってるし、いい感じよー」

 エプロンをかけた、酒場のおばさん役の若葉が伸びをしながら言った。

「力はいりすぎると、台詞噛んじゃうよ。キャプテンが噛んでどないすんの?」

「でも、そんなこと言ったって……」

「みんな、お前を頼りにしてるんだよ。頑張ろうや」

 王冠を片手に持ち、マントを羽織った豪華な出で立ちの和哉が、空いているほうの手をこちらにつき出してきた。

 その手を見て、俺は泣きそうになった。仁が関西弁で慰めてくれる、若葉が茶化してくる、和哉と拳をぶつけあう。こんな甘えてばっかりの生活が、あと数か月で終わる。そんなかけがえのない日々とかいうありふれた言葉が、音楽の授業で歌ったことのある歌詞として、頭の中で流れた。そこら辺に宝物が落ちているかどうかはその人の感受性次第で、俺の目には今、パイプ椅子の並ぶ体育館の床でさえ、尊く思えてしまう。みんなとともに修学旅行に行って、卒業して、中学校では部活をして、中学校の卒業式でしばらくの別れを惜しんで泣いて抱き合って。もう今は叶わなくなってしまった、これから充実していくはずだった記憶が、僕の目をにじませた。

「大丈夫だよ、たっくんなら。私も本気で演技する、たっくんのために。だから、がんばろ!」

 泣きそうな俺の肩に手を当てて、街の娘役の楓がささやいた。俺は、いずれ来る孤独を前に、今日だけは子供でいようと、声を潜めながら思い切り泣いた。周りが、「五年生のくせに泣いている」と陰で言っているような雰囲気だろうが関係ない。普段なら五年生のくせに、生意気だなんて言うくせに。

 でも、やはり俺はその涙を意地で止めた。

 いずれ泣いて泣いて泣きまくる生活が始まる。そう思うと、今のうちに精一杯笑っておけと、自分自身に言われているような気がして、甘えるのをやめた。

 この時、俺は初めて“モード”を使いこなせるような気がした。

 仁は、それを見て笑った。啄木はふてくされた顔で、

「何がおかしい」と尋ねたところ、

「いやぁ、お前はやっぱり大人だなって思ったわけよ。俺だったら同じ状況で涙をこらえることなんてできっこない」

「そうそう、すごくかっこいいよ。今の啄木は」

「きみはやっぱり私たちの何歩も先を歩いているんだよ。とうてい追いつけっこない。私、みんなに会えて、よかった」

「なんだよ、もう俺らが卒業みたいじゃないか。ていうか、俺たちの仲は、大人になっても切れないよな、タク」

 和哉が改めて拳を突き出してきた。俺は、自分の全てをその拳にぶつけた。

「俺も怖い、この先、どうなるかわからない。堕落した人生を送るかもしれない。でも、だからこそ楽しいって思える今この時を、みんなと過ごしたい。俺はこの舞台に、全てをぶつける。俺の人生の一つ集大成。それがここだ」

「その意気だ。“モード”を使いこなしたお前に勝るものは何もない。やるぞ、俺たちで」

「おう!」

「もちろん!」


「みんな準備はいいか」

 円になった仲間たちが頷く。

「よし、行くぞ! 二組、ファイトーー!」

「おおおおーーー!」

 

 舞台裏、ブザーが鳴る。幕が上がった。

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