第4話 夢見て、あの駅

「おいしかったね、あのアップルパイ」

 早希がお腹をさすりながら言った。二人は喫茶店を後にして駅の近くのショッピングモールに向かっている最中だった。

「そうだったけど、あのコーヒーは苦すぎる。砂糖三本入れないとのめないや」

「でもおいしかったでしょ?」

「まあ、そうだけど……たまに飲むぐらいにしないと糖尿病になっちゃいそう」

「ふふっ、そうだね」

 そしてショッピングモールに着くと、二人はまず書店に向かった。

「これが、うちの学校のやつが賞とって書籍化された本。これまでずっと弥生の小説を見てもらってたけど、今だったらこいつにも原稿を読んでもらってる」

 皐月はペンネーム『秋叢あきむら晴太はれた』で作品を何回か賞に応募しているが、第三選考通過がベストレコードだ。それも、その度に弥生に見てもらってアドバイスをもらっているからなのだ。そして、新しく彼にも見てもらって初めて書き終えた作品を今日の朝に令和最初のコンクールに応募してきた。結果は楽しみだったが、もちろん今日のデートの方が気を弾ませていた。

「ここに皐月の本も並ぶようになるといいね」

「そうだ。ここでたくさんの人に手に取ってもらえる本を書く。そのために、前のあの事件を参考にした『舞台ヒガンバナ』は最適だと思う」

「ふふっ、期待してるよ」

「ん? その本は誰の本?」

 皐月は早希の持っている、表紙に五人の男女が立っている絵が描かれている本を指して言った。

「ああ、これはアララギジンの『若き海賊の夢想』だよ。ほら、最近有名な若手作家」

「世の中にはまだまだたくさんライバルがいるな」

「がんばろ。私も応援してるから」

 早希は少し背伸びをして皐月の肩をポンポンとたたいた。


 その後、再び服屋さんに寄ったりゲームセンターに寄ったりして時間をつぶし、駅に着いた時にはすでに五時を回っていた。早希はここから一時間ぐらいかかて行かなければならない場所に住んでいるから早めに帰らないと門限に引っかかるそうだ。皐月は本当は夜ご飯も一緒に食べたかったが、再び会うためにここはあきらめるしかなかった。

「皐月、ちょっとあそこに座ろっか」

 二人は駅のロータリーに設置されたベンチに腰掛けた。皐月はこの機会ときを待っていた。

「早希、渡したいものがあるんだけど」

「え、何々? 楽しみだな」

 皐月はリュックサックの中をごそごそ探った。

「そのリュック、私と会った時にも使ってたリュックにそっくりだけど」

 皐月は探す手を止めて、思い出したように話し始めた。

「ああ、あの世界ってさ、俺たちは周りのだれからも認知されてなかったからさ、どうせその時は夢だと思っていたから、なぜかわからないけど迫ってくる大火から逃げるために必要なものを勝手に店から持ち出していたんだ。もちろん、目を覚ましたら不思議なことに全部なくなっていたけど、このリュックだけは小さなサイズのものを親が出張帰りにプレゼントしてくれたんだ……あ、探すんだった」

 早希は慌てて探す皐月を優しい笑顔で見守っていた。

「……あ、あった。はいこれ、誕生日プレゼント。一か月ぐらい過ぎちゃったけど、おめでとう!」

 包装紙でくるまれたポーチを差し出して皐月は笑った。

「え、ええっ!」

「ど、どうした?」

「私も同じの買ってたかも」と、早希はそつがない手さばきでカバンから小包を取り出した。

「え、どうして、それ」

「だって来週皐月の誕生日じゃん。だから誕生日プレゼントで買ったんだけど……で、でもそれは涙が出そうなぐらい嬉しいよ。ありがとう」

 早希はより優しい笑顔になった。

「じゃあ、開けようか」

「せーのでね」

 せーのっ、と掛け声で包装紙のシールを破り開いた。

「わあ、ポーチだ! ちょうどほしいって思っていたんだ……あ、あのシャツと同じ鳥だ」

「そうそう。やっぱりあの鳥が気に入ったから……って、このシャツって」

「そうだよ。やっぱり気に入っていたと思ったんだ」

 早希からの誕生日プレゼントは、午前中に買ったシャツの緑色のものだった。

「おそろってちょっと憧れてて。次会う時はこれ着てほしいな」

「もちろん! すごく嬉しい。ありがとう!」

「どういたしまして」

 ちょうど六時になり、近くにある時計台から音楽が流れた。

「あ、もう行かなきゃ。お母さんに叱られちゃう」

「そうだね、次は僕がそっちに行くよ」

「本当に何もないよ? これでもかっていうくらい田舎だよ?」

「だったら山でハイキングとか川で水切りとか、そういうこともして遊んだらいいんじゃない?」

「確かにね。でもあの服を汚したくないなぁ」

「またチャットで話そう。このままだったら話題が尽きなくて帰れなくなっちゃうよ」

「そうだね」

 彼女は改札の前でくるっと振り返った。

「今日はありがとう。また遊ぼうね」

 やはり、早希は僕を安心させてくれる。いつもの笑顔で微笑んでくれる。

 そう思い、皐月は今の自分にできる最高の笑顔を彼女に向け、彼女が見えなくなるまで手を振り続けた。

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