第3話 鳥と花田屋
「この服どうかな」
「僕ファッションとかわかんないんですけど……」
「今小説書いてるんでしょ。だったら女の子の服装ぐらい知っとかないと」
「そう言われても、大体似合ってるように見えるからなぁ」
「じゃあこれはどう?」
早希は大きな目玉のついた帽子を被った。
「そ、それはさすがに……はははっ」
皐月は思わず笑ってしまった。
「じゃあ、二択ならどう?」
そう言って早希は服を二着差し出してきた。片方はシンプルで小さく鳥が描かれている水色のTシャツで、もう片方が白い字で英語がびっしり書かれた黒いTシャツだ。
「どうなんだろ。どっちもおしゃれって思えばおしゃれになりそう」
皐月は顎に手を置いて考え始めた。すると、早希が「さーつき」と顔を覗き込ませてきた。
「皐月はどっちが好き?」
「僕の好みで決めていいものなの?」
「いいんだよ。さ、どっち?」
「それだったら僕はそっちの水色の方かな。その鳥チャーミングだと思う」
「そっか。じゃあ会計行ってくるね」
早希は黒い方を、僕に直しといてと言っているかのように渡してきた。僕は元あった場所にハンガーをかけた。その隣にはそれほど大きくないポーチを下げたマネキンが立っていた。そのポーチは優しいクリーム色で、先ほどと同じ鳥が描かれていた。
その時、皐月は早希の誕生日が一か月前にあったことを思い出した。せっかく今年久しぶりに会えたのに、誕生日も祝えなかったと考えると、彼氏として心が痛む。一か月だったら大丈夫かな。皐月はレジカウンターの方に目をやった。早希はまだその奥で何かを探している様子だった。
今なら間に合う。この一年間で身に着けた『こっそり気配を消して動く』ことを利用し、皐月はレジに向かった。
「お待たせしましたー」
「どうする? もう昼時だけど」
「じゃあさ、この先に喫茶店があるらしいからそこでご飯食べよ」
「いいよ、何ていう店?」
えーと、と早希はスマホのマップアプリに『喫茶店』と入力し、検索をかけて一番上に出てきた店をタップして「ここ」と皐月に見せた。
「……あ、ここって」
その画面には『喫茶花田屋』と書かれていた。
「いらしゃいませー、何名様ですか?」
研修中の札を付けた若い女性が人数を聞いてきた。
「二人です」
「わかりました。ではあの奥の席にどうぞ」
皐月たちは壁際の二人席に向かい合う形で座った。
店の中はモダンな雰囲気で、その中になぜかあるウエスタンドアが可笑しく思えたが、全体的に茶色だったので違和感はなく、皐月は気に入った。客は席を半分埋めるぐらいいて、店員も三人でそつなく回しているようだった。
そしてこの店は……。
「あのさ、うちの学校の子だよね」
エプロン姿の女子が話しかけてきた。
「え、まあ僕はそうだけど」
「そうだよね! そちらの彼女さんは?」
「私はこの彼とは違う学校です」
「名前は?」
「僕は秋村皐月、でこっちは」
「如月早希っていいます」
「私は花田由美。この喫茶店の娘で休みの日はこうやってたまにお手伝いしてる。無賃金だけど」
やれやれという
「それはお気の毒に……」
「で、注文聞くけど……もう決まってる?」
「えーと……」
皐月が言いよどんでいると、すかさず「なにかおすすめってありますか?」と早希が助け舟を出してくれた。
「おすすめか……やっぱりコーヒーかな。うちのやつ苦いけど、コーヒー通には飲んでほしいかな」
「コーヒーかぁ……私は飲めるけど、皐月は?」
「僕はちょっと砂糖入れたら飲めると思う」
「じゃあコーヒー二つで」
その後、二人はアップルパイを注文してオーダーを終えた。かしこまりました、と由美は一度下がったものの、すぐに戻ってきた。
「ごめんね、ちょっとしばらくここにいさせてもらってもいい? お母さんに同級生が来てるなら話しといでって言われたから」
「お構いなく。どうぞ」
「ありがとう。コーヒーが来たらさすがに戻るから」
「あのさ」
皐月から口を開き、「あそこに飾っている鳥のカバンって有名なの?」と棚の上の紺色のカバンを指した。
「ああ、あれは私のお父さんが手掛けてるブランドだから」
「ええっ、お父さんすごい人なんだね」
早希は驚いて手を合わせた。
「いやいや、そんなにすごくないって」
「あのさ、あの鳥の由来って何か知ってる? ちょっと興味あって」
皐月が食い気味で問いかけた。
「あれはね、青い鳥なんだ。ほら、知ってるでしょ? メーテルリンクの『青い鳥』」
「確かそれって、幸せの青い鳥を見つけにいろんなところに行ったけど、実はそれは自分たちの近くにあったっていう話だよね。前に皐月から教えてもらった」
「そうそう。で、幸せは探すものじゃなくて気づくものなんだっていう意味らしいよ。だから、これを誰か大切な人に向けての贈り物にして、その人との愛情を確かめ合ってほしいってお父さんが言ってた」
二人は頭の中で先ほど買ったものを思い浮かべた。
「二人に幸福が訪れますように。さっ、情報量」と由美が手を差し出してきた。二人は顔を見合わせて驚いたが、由美の顔を見た瞬間に冗談と分かって笑った。由美もそれにつられるように笑った。
「じゃ、もう行くね。ごゆっくりどうぞ」
由美はカウンターの奥に戻った。それと入れ替わるように先ほどの店員さんがコーヒーを置いた。カウンターの奥の方で由美とお母さんらしき人がワイワイ話しているのが見えた。
柿原弥生も今は母親とあんな風に話せているのだと思うと、感慨深くなるものだ。そう皐月はコーヒーを飲んで顔をしかめながら思ったのだった。
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