第3編 海賊たちの声
舞台転換~さざ波~
「いらっしゃいませー、あ、今日は四人か。いらっしゃい」
「こんにちは、由美さん」
「どうも」
皐月と早希が手を振って入ってきた。そしてその後ろから、「こんにちはー!」「ごめんください」と後ろから二人男女がひょっこりと顔をのぞかせた。
「あ、こっちが水無月舞で、こっちが柿原弥生君」
「どうも、喫茶花田屋へようこそ!」
由美は四人を奥の方へ案内した。
「ここ、いい雰囲気ですね」
弥生がうねるような木製の壁に手を当てて言った。
「ありがとう。まあほとんど私の母の趣味なんだけど」
「こういう落ち着いたところでライブとか開いてみたいですね」
まいちゃんがランタンのように吊り下げられた明かりを見て言った。
「ライブ? ああそういうことね。二人は軽音楽部ってことか」
「そうです」
「てか弥生、同学年だから敬語は使わなくてもいいんだよ」
「あ、そうか」
五人は笑いあった。
「由美さん、そういえばこんなに長話してていいの?」
「ああ大丈夫。今日はお客さん少なめだから……あ、そういうことね」と由美は紺色のエプロンのポケットからメモ帳を取り出して「ご注文を伺います」と言ってはにかんだ。
由美がカウンターに戻っていった後、四人は窓の外を見ながら会話をしていた。
「そういえばさ、ここの外に見える公園って昔大きな火事があったらしいよ」
「火事か……あんまりいい思い出がないですね。今でも思い出すと胃がキュッてなります」
「あ、ごめんな。俺もその場にいたのにすっかり風化してしまっていた」
「まあ、弥生はお母さんが戻ってきたんだからそうなるよな」
「でも、ここの事件はそういうことがなくても風化した」
「うん、アトリアルホール爆破事件。最近さらに話題になってきたよね」
「でも、何ならそういうホールがあったんならライブやってみたかったですね」
「まあな。全国でも指折りの大ホールだったらしいし」
「きっと今も残っていたら弥生やまいちゃんがライブしたり、早希や僕が定期演奏会を開くような場所だったんだろうな」
「もう何年も前の話だけど、地元の僕たちだから何回も資料を見たし、平和セレモニーにも参加した。でも何回そういうことをやってもホールは戻ってこない」
「そうだな。俺達にはそのことを覚えておく必要があるんだ」
四人は大きな木が生えている更地同然の公園を眺めていた。
「そんなことがあったんだ。信じらんないけど」
四人はこの機会に、と思って由美にこれまで自分たちに起こったことを話した。
「にわかに信じがたい話だと思うけど、そういうことなんだ」
「私がこうやって生きているのもそのことがあったからで」
「俺もそれでお母さんが帰ってきた」
「私は今でも思い出すと怖いですけどね」
「一応私はそういうオカルト系の話とか、ファンタジーな話は分からないけど、早希ちゃんと秋村君の顔見てたらさ、ほんとに真剣なんだもん」
由美は顎に手を当てて考えて「とりあえずそういう話もあるってことで理解しとくよ」と顔を上げた。その表情は難解な事件を推理する探偵のようだった。
「まあ、そうでもなければ秋村君がそんなに人と話すようにはならないだろうし」
「なっ」
秋村皐月は飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになりながらもなんとか持ちこたえて「そ、そんなことないし」と反論した。
「えー? でも皐月って昔からほんとに私以外の人と親しく話している様子はなかったけどなー?」
「うっ」
皐月は頭上にヒットポイントのゲージが表示されていたとしたら、半分ぐらい減少したような表情をした。
「おやおや? 図星かな?」
由美がすかさず追い打ちをかけた。
「ち、ちがうし。このコーヒーが苦いから少し戸惑っただけだし」
「何回も通っているくせに」
早希が横目でボソッとつぶやいた。
「しかもここのコーヒー、全然苦くないですよ?」
「え?」
戸惑う四人に構わず、ごくごくとコーヒーを飲みほした。
「おいしいですね」
「あ、ありがとう。砂糖なしでそんな勢いで飲む人初めて……」
まいちゃんは愛らしい笑顔を向けた。
四人を見送り、由美がカウンターに戻ると、アルバイトの女性がちょっとと声をかけてきた。
「私の昔の友人が来てて、ちょっと話してきていいかな」
「あ、全然オッケーです」
「ありがとう」
アルバイトの人はカウンターを出て、皐月たちが来る前から話し込んでいた集団に交じっていった。その人たちは懐かしそうで、でもどこか悲しそうな顔をしていたのが、由美は気になった。
今の彼らの昔の、一か月やそんなじゃない、十年も前の話だ。
舞台は赤いヒガンバナを消すような、青いさざ波が支配していく。
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