第4話 チャンス到来

<三十分前>

「お疲れ様でーす」

 俺の初主演の舞台が終わった。これまでとは違った景色に感動していた。

 昔から本当に俺はずっと脇役だった。そして主役の子ばかり見ていた。主人公の周りには、敵も味方もいる。感動的な出来事や、悲劇的な世界が訪れる。それらに対し主人公は叫び、泣き、笑う。それに対して俺みたいな脇役には友達もドラマチックな展開もない。本当はいるはずだろうが、描かれていないだけだろうが、脇役は脇役でしかない。しかしこの舞台が終われば、また誰にも見られないその脇役の生活に戻る。今回は主役のはずだった子が俺と同じような年齢だったり性別だったり、そして彼がけがをしてできなくなったり監督にある程度の信頼を置いていたりしたからこそ、できたことだった。そんな俺はどうすれば……。

 俺は一人、自分の荷物を整理しながら考えていた。

「誰かいるかー? お、晴斗。おつかれさん」

「あ、お疲れ様です」

「その言い方、本当に疲れてるみたいだな。まあこれから何回もこの舞台をすることになるから、ほどほどにな」

「でも今日彼女を呼んでいたので、張り切ってたんです」

「あ、そうか。お前彼女持ちだったな。話さなくてよかったのか?」

「え、それは……」

 そういえば自分から誘っておいて何も言わないのはおかしいな。

「よし、ちょっとミッションを出そう」

「え、ミッション?」

「今から俺の携帯を貸すから、それっぽいことを言ってここに彼女を来させるんだ。ただし、お前以外の何者かを演じること」

 監督はスマホの電話キーボードの画面を開けて俺に渡してきた。

「え、でも時間が」

「ないから、早くするんだ」

 俺は仕方なく麻乃の電話番号をタップした。


「合格だ。お前は充分だ」

 監督は笑みを浮かべながら楽屋の扉を閉めた。


「すみません、忘れ物をした者なんですけど」

「はい、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

「え、ここで渡されるんじゃないんですか?」

「はい、こちらへどうぞ」

 麻乃は係の人に連れて行かれるがままに『関係者以外立入禁止』と書かれた扉の奥に入っていった。

「これ本当に私が行っても大丈夫なんですか?」

「お気になさらず。はい、つきました。あとはどうぞ」

 失礼します、と言って係の人は走って去っていった。

 目の前には『関係者控室』と書かれた紙が貼られた扉がある。麻乃は恐る恐る扉を開けた。

「失礼します……あっ」

「や、やあ麻乃……元気?」

 晴斗が丸椅子に座って疲れた笑顔を作った。


「すごかったね」

「まあ、まだまだこれからだけどね」

「いや、ほんとにすごいよ……」

 麻乃は急に涙が出てきた。

「ど、どうした?」

 晴斗は目に見えて焦っていた。

「だって、どの晴斗が本物かわかんないもん」

「どの俺って、俺は一人だけだぞ?」

「晴斗ってさ、本当のところ私のこと好きなん? 周りに冷やかされて、仕方なくそのふりをしてたりせえへんの?」

 麻乃は畳みかけるように言った後、はっと我に返った。晴斗は口をぽかんと開けたまま麻乃の目を見つめていた。

「あ、ご、ごめん! 言い過ぎた……」

 晴斗は口を閉じ、おもむろに近づいた。

「……は、晴斗?」

「言い過ぎてる。傷ついた」

「ごめん……」

「俺だって、どの俺が本物かわからない。いつも中途半端で、そんな俺が嫌いだけど、嫌いな相手が本当の俺なのか、嫌っているのが俺なのか。わからない。俺はお前のことが好きだけど、確かにこれはいつか終わりが来るのかもしれない。それは前電話で言った通りなんだが、でも、俺はな……」

 晴斗は麻乃との距離をグッと詰めた。そしてその距離はゼロになった。

 少ししてから、晴斗は麻乃との距離を元に戻した。

「お前のなく顔は、あまり見たくない」

 麻乃はいつの間にか涙が止まっていることに気づき、ほほを伝った跡だけ手でぬぐおうとした。しかし、それより先に晴斗の首からかけていたタオルが伸びてくるのが先だった。晴斗はポンポンと拭き、再び首にかけた。

「ずるいって、やっぱりその晴斗が本物かわからへん」

「本物じゃなくてもいいじゃん。二人が信じるものだけが、本物さ」

 晴斗は優しく笑い、それにつられて麻乃も目を細めて笑った。

「で、そろそろお出まししてくれてもいいんじゃないですか、監督」

「あちゃー、気づいてたか」

 監督がドアを開けて中に入ってきた。

「え、あ……どこから見てました?」

「入ったところから見てた……ごめん、興味本位で」

「まあいいですよ」

 晴斗はやれやれという顔をした。

「でだ、実は覗きだけが目的じゃなくて、お前に会わせたい人がいる」

 入ってきてください、と監督が呼ぶと、二人の男性が入ってきた。片方は見たことがある。晴斗のマネージャーさんだ。もう片方もどこかで見たことがあるような気がする。

「晴斗、この方から話があるそうだ」

 マネージャーさんがにやにやしながらもう一人に発言を促した。

「こんにちは。やっぱり、知っている人はこういう反応をするんだね」

 晴斗は喜びと驚きが入り混じったような顔をしていた。

「そちらのお嬢さんは知らなそうだね。僕は相賀あいが蔵人くろうど。映画監督だ」

「相賀蔵人さん……って、あの『青のない春』の?」

「そうだ……どうして相賀さんが俺に?」

「さっきの舞台、見せてもらったよ。もう確信した。次の映画に出てくれないか」

「え、ええっ」

 晴斗の顔は、もはや笑顔だった。

「お、お願いします! やらせてください!」

「よかったじゃんか、晴斗」

「はい! 監督!」

「場合によっては主役もありうる。よろしくな」

「はい!」

 晴斗と相賀監督は固く握手をした。そして、自分のこれまでの努力が報われたような気がした。

 私はほかの二人とともに拍手を送り、笑顔で見守っていた。

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