第3話 本物の答え

 今日は町にある劇場へと足を運んだ。晴斗の初主演の最初の舞台が偶然日曜日だったので、本人に呼ばれたのだ。また、私は彼に代わって学校で宣伝もしたのだが、やっぱりあらゆる人にからかわれてしまった。でも、だからこそ、彼との関係が本当のものなのかわからなくなってしまう。周りにからかわれているだけで、本当は彼は私とは友達のつもりなだけなのかもしれない。私も本当は彼のことなんか思っていないのかもしれない。

 私の本当の気持ちって、何なんだろう。そもそも、本物なんて存在するのだろうか。私の信じている気持ちは単純なもので、簡単に裏切られるものなのだろうか。ずっと続くかどうかもわからないものを追いかけていることは間違っているのだろうか……。

「あーさのん! 大丈夫? 生きてる?」

 由美が私の顔を覗き込んできた。

「あ、大丈夫。ちょっと考え事してただけやから」

「考えすぎもよくないよ?」

 空が心配そうにこちらを見ている。

「今はとりあえず、愛する人の晴れ舞台を、胸をときめかせながら待ってたらいいんだから、ね?」

 うん。わかってる。

「あれ? やっぱり同じ学校の者同士で固まって見る感じ?」

 空ちゃんの彼氏という噂が立っている喜多海音かのんが近づいてきた。後ろには数人の男子生徒が続いていた。その中には……。

「あ、倉田くんも来てたんだ」

「うん、晴斗の主演舞台だから楽しみにしてたんだ。まあ、主演じゃなくてもこの舞台は見に来る予定だったけど」

 由美とになっている倉田旭がいた。そのほかにも意外な人物がいた。

「え、弥生?」

「お、久しぶりだな麻乃」

 軽音部の天才、そして私の幼馴染の柿原弥生がその中にいた。私は高校入学前に引っ越してきたから関西弁で普段しゃべるが、弥生は中学入学と同時に急に転校していったので、ごくまれにしか関西弁が出ないらしい。そもそも住む街に溶け込むのが早いほうなので、簡単に標準語になれたらしい。

「弥生が来てるなんて思わんかった。こういうのにはあんまり顔を出さないほうやから」

「同じエンターテイナーとして見てみたくなったんだ。でも、こいつに説得されてきたっていうのが一番なんだけどなっ」と、弥生は隣に立っていた男子生徒の肩をたたいた。

「痛っ、強く叩きすぎ、弥生」

「こんなんで誰かを守れるものですかっていう話だがな」

 その男子生徒は弥生をにらみつけた。そのにらまれた本人というと、笑っていた。彼は昔からあまり笑わない方というか、周りに溶け込まない方だったが、高校生になると彼も変わっていくんだなぁとしみじみ思う。そして、にらんだ男子生徒はあまりぱっとしない風貌だった。こんな彼にも誰か想う人がいるのだと思うと、私はやはり不安になってくるのだった。

 開演前のブザーが鳴った。


「いやあ、すごかったな」

「もうちょっと語彙力どうにかならないの? 小説家でしょ?」

「あんなの見せられたら何にも言葉出てこないでしょ。僕も小説家を志すものとして、そこはフォローさせてもらう」

「いや、お前はそこがんばれよ。じゃないと海音みたいに賞取れないぞ」

「はい、善処します……」

 そんな会話をしながら、前を喜多くん、空ちゃん、柿原くん、ぱっとしない男子生徒が歩いていた。その後ろを私と由美と倉田くんでついて行っていたが、この二人のいい感じを見ているとほほえましくなる半面、寂しさや気まずさが感じられる。

 私は気づかれないように二人の後ろに回った。

 その時、上着のポケットに入れていたスマートフォンが震えた。何回も震えるので取り出すと、非通知の電話だった。公衆電話から誰かがかけているのかもしれないと思い、緑のボタンを押した。

「もしもし」

『急なお電話すみません。麻乃様でいらっしゃいますでしょうか』

「はい、そうですけど」

『私、劇場のスタッフのものなのですが、麻乃様のお忘れ物がありましてそこに書かれた連絡先に電話させていただいております。もしよければ取りに来ていただけますでしょうか?』

「あ、本当ですか。わかりました。今から行きます」

『それは助かります。こちらとしてもあまり忘れ物をため込みたくないもので。劇場カウンターでお渡ししますので、[忘れ物を取りに来た者です]と言っていただけたら話が通ると思います」

「わかりました」

 電話を切り、離れていた二人に追いついた。

「ごめん、忘れ物してきてもうたから先に帰っておいてくれへん?」

 話の切れたちょうどいいところで由美に言った。

「あ、それは急いだほうがいいよ」

 じゃあまた明日、という声に手を振って反応し、私は劇場に向かった。


     ***


「ありがとうございます、監督」

「いやいや、こんな素晴らしい演技を見せてくれたんだから、せめてものお返しだ。彼女さん喜ばせておいで」

「はい」

 監督は晴斗の楽屋を後にした。

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