第2話 またまた~
「はぁ……」
教室には、いろんな人がいる。本を読んでいる人、はしゃいでいる人、勉強している人、寝ている人。
でも、このクラスには今日も彼の姿がない。もう週が明けてから三日も学校を休んでいる。連絡しても短い文章でしか返ってこない。
「あーさのん!」
「うわっ、びっくりした! ……なんや、由美かぁ。何の用?」
「何もないよ。ただ遊びに来ただけ。何かないと来ちゃダメなの?」
「いや、そうやないけど……なんかカップルみたいなこと言うやん」
「またまた~。私と、じゃなくて彼氏君と、でしょ? ……あ、今日も池田君来てないんだ」
「うん。舞台の主役が決まったらしくて、三日間も学校に来てないんよ」
「そうなんだ。じゃあちょっと怪しいかもね」
「何が?」
「それはね……」
「それは平安時代、男の人が付き合っていた女の人の所に通っていたのだけど、三日間その関係が続いたら結婚するんだって。もし別の女の人の所に行っていたとしたら……」
花田由美の背後からもう一人がひょこっと出てきて、由美のセリフを横取りした。
「あ、空ちゃん」
「空! そんなことは冗談でも言っちゃだめなんだよ」
「あ、いまそういうのだめなタイミングだった? ……麻乃、ごめん」
「ううん、別にいいんやで。気にしてないし」
「でも、さすがの余裕だね。この三人の中で本当に付き合っているのは、あさのんだけだもんね」
「またまた~。二人もそういうのあるくせに」
麻乃は冗談のつもりで言ったのだが、二人とも何かを思い出したようでそっぽを向いてしまった。
「あ、やっぱり?」
「い、いやいや、そんなことないよ。少なくとも私は!」
由美は明らかに焦って手を前に振った。
「ワ、ワタシモナンモナイヨー」
空は顔を真っ赤にしながら否定した。
「アツアツだね~」
「もう!!」
三人は笑いあった。
「どうしようかな……もしかしたら晴斗誰かとそういう感じになっているのかな」
麻乃は一人の帰り道で考えていた。
もし本当に晴斗の視界で私がもう映ってへんかったら、もし晴斗の思っている人がもう私じゃないとしたら。私は一体どうしたらいいんやろう。私は彼にどんな風に接したらいいんやろう。もうこれまで通りの関係にはなれないやろうし、むしろ仲が悪くなってしまうかもしれない。いや、もうそうなっちゃうやろうな。
それが怖くなった私は彼に電話をかけていた。かかるわけもないのに。かかるわけも、ないの……
『もしもし? 麻乃?』
「あっ、晴斗?」
『おおっ、久しぶりじゃん。電話越しだけど』
「うん」
自分からかけたのに全然話すことが出てこない。
『よかった、今ちょうど休憩時間だから。タイミングよかったな』
「だから出れたんや」
『で、どうした? 何かあったか?』
「……何か用がなかったら、電話かけちゃ、ダメなん?」
今日学校で由美が言っていたことを真似て言ってみたが、なかなか恥ずかしい。なんであんな簡単に平然とした顔で言えるのか。やっぱり由美はかなりの所まで進展したんだろうか。
『え、いや、全然いいけど』
「ご、ごめんね。変なこと言っちゃって。ただ晴斗の声が聞きたいなーって思ってん」
『別にいいよ。可愛かったし』
「ひゃっ?」
変な声が出てしまった。こんなことをさらって言える彼はやっぱりずるい。
『ま、誰かの入れ知恵だろうけどな』
「……流石。由美が今日私に言ってきたことを真似てみた」
『由美って、花田屋さんの所のか。そういえばあそこに旭がいたな』
「旭って?」
『倉田旭。去年同じクラスだっただろ? ずっと本ばっか読んでたあいつが一人で花田屋のカウンターに座っていたのを偶然見つけたんだ。前の日曜日、役者仲間と一緒にランチを食べに花田屋まで行ったときにね。もしかしたら花田さんといい感じなのかもね』
「そうなんや」
やっぱり由美の方が進展してるんやな。
『ん? なんか言った? もしもーし』
「……ううん、なんでもない」
少し沈黙が続いて、スマホのスピーカーの奥でだれかが晴斗を呼ぶ声がした。『あ、今行きまーす! ごめん麻乃、もう休憩終わりだから……」
「もう一個聞いていい?」
『おう、手短に頼む』
「晴斗はさ……私のこと好き?」
自分で言った言葉なのに、顔が真っ赤に染まった。
『ああ、好きだ……』
「そっか! よかったぁ」
私はただ、彼の好きという言葉に安心した。そのあとに彼は何かを言っていたと思うのだが、浮かれたあたしの耳はその言葉を聞こうとはしていなかった。
きっと主役の彼は、もっと私のヒーローだ。
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