第3話 おすそわけ
「あ、ありがとう」
「うん」
さっきまで普通の会話をしていたのに、なぜか気まずい空気が流れていた。私がスマホいじっていたせいかな、と由美はこの状況を打破する策を懸命に探していた。旭はスタスタと歩いてきて、
「置いとくね」とカウンターの上にりんごの入ったかごを置いた。
「う、うん」
さっき思い出したことで本能的に大人っぽく振る舞おうとしているせいか、ぎこちない動きになるし、言葉も舌足らずでたどたどしくなってしまう。こういう時は男子の方から話題を振らねば、旭は思いあぐねていた。
「あ、あの……さっきのは見なかったことにして」
由美は結局顔を赤くして顔の前に手を合わせた。
「あ、うん。わかった。忘れる」
すると由美は安心した様子で「ありがとう」と言った。
「あのさ、りんごのお礼とさっきのを見なかったことにしてくれるお礼(?)として、一杯飲んでく? 奢るから」
「え、でも俺ら未成年だけど……」
由美は少し天然なところを見せた倉田くんが、どこか可愛らしく思えてしまった。同級生なのに。
「何言ってるの? コーヒーだよ。ここは居酒屋じゃあるまいし」
「あ、そりゃそうか。ははは」
由美はつられて笑った。
「じゃあありがたくいただこうかな。ちょっと待ってて。親に電話一本入れてくるから」
「わかった。あ、コーヒーでよかった? ラテとかもあるけど。あ、ジュースもあるよ」
「コーヒーでいいよ」
「了解です」
俺は店の入り口の方まで行って電話帳のアプリを開き、母の電話番号を選んでかけた。後ろでは花田さんが
「ブレンドコーヒー、ワン、オーダー入りまーす」と独り言を言っていた。
「……もしもし?」
「もしもし」
「ちゃんともらった?」
「もらったけど、あのメモじゃ初めてあのアパートに行く人じゃわからないよ」
「え? あ、そうか。表札ついてないもんね。うっかりしてた」
「で、それは置いといて、詳しくは帰ってから言うけど、色々あってアパートの隣の『花田屋』さんにコーヒーごちそうさせてもらうことになって、ちょっと帰り遅くなる」
「わかった。ゆっくりしておいで」
「はーい」
俺は電話を切り、カウンターまで歩いていった。それに気づいた花田さんが
「喫茶『花田屋』へようこそ!」と微笑んだ。
「それにしても多いね。これ全部叔母さんからもらったの?」
「うん、青森旅行でクジ引きがあって、当たったんだって」
「これ何等?」
「二等。一等はお米二俵だって」
「うーわ、もっと大変じゃん」
「いや、その時は郵送だって」
「ふーん」
由美は会話をしながらもコーヒー豆と水を取り出し、ミルで引くなどの一連の流れをテキパキとこなしていた。旭はそれをただ眺めていた。
「見てて面白い?」
「え、あ、うん。面白いよ」
「ほんとに?」
「……本当はぼーっとしてただけです」
「だと思った。いいと思うよ。ぼーっとするの」
旭はまたはっとした。また褒めてくれた。
「私もぼーっとするの好きだから」
「そうなの?」
「うん、ここ喫茶店だから、人来ないときは本当に来ないんだよ。だからぼーっとするしかなくて」
「それでスマホいじってたんだ」
由美はムッとしてこちらを見た。
「あはは、ごめんごめん。冗談だって」
「もう、コーヒーぶっかけるよ?」
「それだけは勘弁!」
旭はあまり同級生と他愛のない会話をしたことがなかったけど、今の時間はすごく楽しく感じられた。
「はい、ブレンドコーヒーです」
「ありがとう」
旭はカウンター越しにカップを受け取った。
「砂糖とミルクはそこにあるやつを使って」
「うん。でもブラックでいいかな」
「あ、でも……」
旭は既にカップに口をつけていた。すると顔を少ししかめた。
「うちのコーヒーは苦めだから入れたほうがいいよって言おうとしたのに……」
「うん、かなり苦いけど、おいしいよ」
「だったら良かった」
「でも次は砂糖入れようかな」
「そのほうがいいよ」
旭はスティックシュガーを一本入れて飲んだ。満足そうな顔を見て、由美も安心した。
「旭くんは、優しいね」
「ん? そうかな」
「普段から思ってたけど、何か怪しい人にに引っかかりそうなぐらい優しい」
「引っかからないように気をつけます……でも本当に俺は苦いのが得意だから」
「そっか……あのさ、甘いものはどう?」
「甘いのも大丈夫。酸っぱいの以外は基本的に」
「じゃあ明日の放課後、もう一回ここに寄ってくれる? 今日もらったりんごを使ってスイーツ作ってあげる。ちょうど明日は午前中授業だし、おやつ代わりにどう?」
「いいの? ありがとう!」
旭はまた花の咲くような笑顔になった。それを見て―――つられて由美も笑った。
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