第4話 切り開いて、世界を
私は車に飛ばされて、それから真っ暗闇の世界が見えた。その世界に私はなぜか立っていて、前から真っ暗な周りに何故かくっきりと見える、黒いハットのかぶった真っ黒な人が歩いてきた。逃げようとは一瞬は思えるのだけど、すぐにその思考は脳の回路から外れてしまう。恐らく正常に脳が作動していない証拠だろう。そもそもこんな非現実的な状況を受けいられるのだから、すっかり人生を諦めてしまったのだろう。でも、この状況に興味を持っている自分がいるのは否定できない。
「どうも、如月さん。さ、そこにお座りください」
もはや彼が名前を知っていることに疑問を抱かない。そして、私は自分の意志と言うよりかは本能的な作業みたいに、何もない空間に座った。座り心地などは感じられない。
「私のことは、まあ黒いものですから黒さんとでもお呼びください。すぐに終わりますから」
黒さんはいつの間にか持っていたアイスティーを一口飲んで、話を始めた。
「まず、私は死後の世界に誘う者です。自分の世界で死んだ生物を黄泉へとお送りする者です。即死や、よほど死にたいと思っている人、そして強い意志を持っていない動物はすぐに行きますし、『ハズレ』た人はそのまま黄泉送りです。ですが、あなたはまだ若いですし、個人的にあなたを気に入りましたので、ここでチャンスを与えようと思っています。あなたは『アタリ』です。まずはまともな会話をするために、一度健康になっていただきましょう」
黒さんが指パッチンをすると、私の意志は明確になり、様々な思いが駆け巡ってきた。試しに足を動かしてみる。手を握り直してみる。全てに実感があった。座っている場所はふかふかで包容力を持ちながらも、しっかりとした作りをしているように感じられた。
そして、今の話を
「気持ちの整理はできました?」
「できました」
「あなたは実に聡明な方だ。そして冷静だ。普通この状況を見れば慌てふためきますからね」
「ここで慌てても何も変わらないでしょう? だからあなたの話を聞こうと思うのです」
「おお、これは度胸もありましたか。いいでしょう。まず、あなたの今について話をしましょう。あなたは突然意識を失ってしまった男性の運転している車に追突され、意識不明の重体となっています。つまり、まだあなたは死んでおらず、生死の間にいます。まあそれが、まさにここなのですが」
黒さんは、空中に写真を投影して説明した。もちろん、それにも驚かない。どうやら、私は飲み込むべき状況はすべて飲み込めているようだ。
「私どもは、あなたのような境遇の人に、それぞれ試練を与えます。そして、その試練をくぐり抜けた方は、素晴らしく現世への復帰を可能とさせるのです」
「なるほど、じゃあ私に対するミッションは何でしょう?」
「おやおや、あなたこの状況を楽しんでいるようですね」
「生憎、たくさんのドラマの脇役ばかり演じてきたんでね。私もそのような経験をできるとは、これは違う意味でも『アタリ』ですね」
「言ってくれますね。まあまあ、一度雑談でもしましょう。試練の内容を決めるための面接だと思ったらいい。そんなに固くなる必要はないですが」
私は、にこやかに微笑んで応えた。
「まず、あなたはこれまでの人生で楽しかったことは何でしょう」
「それは、彼と過ごしたときですね」
「おお、その彼について、具体的に教えてください。名前は言わなくてもいいので」
「彼は優しい人で、自分の意見をはっきり言う人でした。とにかく思ったことはズバズバ言って、たとえ相手が女子でも、年上でも、親でも色々言う人でした。でも、その後は自分の言ったこと、行動したことに対して考え直して、それでも自分は間違っていないという自信があるようでした。でも、そんな自信がなければそれを続けないと思うんです。彼はずっと、自分の見えない世界を切り開いているようでした。その姿を見ていて、私はその自我をずっと続けてほしいと思っています。私が以前、うまく行かなくて落ち込んでいたときも、彼は優しく接してくれて、それでも自分の思ったことをズバズバ言ってくれた。そんな彼の言うことは七割ぐらい的確なことなんです。だから私もここまで成長できたと思います。彼は今も、どこかで誰かの肩を持って助けてあげてるんじゃないかと思います。まあ、最近全然会っていないんでわからないんですけど、今もそうであってほしいと、願っています」
「それは、恋ですね?」
「いや、愛ですね」
私は照れながら言った。
「なるほど、では一番悲しかったことはなんですか?」
「それはもちろん、今の状況でしょう。自分が下手すれば死ぬような状況で」
「それはもっともです。では、あなたからの質問を二つお聞きしましょう。聞き終わってから試練は言うので、それについての質問はしなくて結構です。次の宝くじの当選番号は何番か、という私利私欲にまみれたものから、明日の天気はどうなるのか、といった日常的なものまで、なんでもお聞きしましょう」
「私がまだ、そんなことする人に見えます?」
「仕方ないです。私どもも、マニュアルは絶対ですので」
「ふふっ、じゃあ問います。死後の世界に行けば、私はどうなりますか?」
「流石ですな。この状況でそれを聞くとは、さすが私の気に入っただけはある。では、お教えしましょう。まず、自分の名前と顔を忘れます。黄泉には鏡はありませんし、水もないので、自分の顔を見ることはなくなります。あと、衣食住はいらなくなります。先程のように、自分の感覚を失うので。その後については二つ目の質問を使うことになりますが、いかがいたしましょう」
「いや、結構です。行くつもりもありませんし。来るときに知る。それでいいでしょう」
「おお、強気ですね。では、次の質問をどうぞ」
「じゃあ、お願いでもいいですか?」
「お願い。内容によります」
「私に、今の彼の顔を見せていただけますか?」
「お安い御用です」と、黒さんはパッと彼の顔を空間投影した。
「本当に彼のことを愛しているのですね。期間はどれぐらいにいたしましょう」
「もう大丈夫です」
「いいんですか?」
「いえ、長く見すぎると、それが当たり前になってしまうので。多分すぐに忘れてしまうでしょう? 私は彼の顔を忘れるつもりはありませんけど」
「わかりました。では、質問タイムは終わりです。いよいよ、試練の発表です」
そう言って、黒さんはこちらに赤い般若のお面をよこした。
「このお面は、あなたの命を一瞬で吸い取ります。このお面を、生きることを諦めたらつけてください。すると、これは顔に貼り付き、あなたの生命力を吸い取ります。そして、あなたは黄泉送りになります。それを防ぐためには、今から送り出す世界でキーマンを探してください。キーマンは、恐らく見ればわかります。ただ、今から送り出す世界はここと同じ、生死の狭間で、彼らは特殊なルートを通ってそこにやってきます。そして彼らももちろん人間ですから、それなりの考察をしています。タイミングを見計らって、あなたの正体を打ち明けてください。そこからは彼ら次第です。失敗すれば、あなたと共に彼らも黄泉送りです」
「なるほど、わかりました」
「赤いお面はあなたの手に渡ると、あなたの中に吸い込まれます。出したい、もしくは死にたいと念じたら、それは出てきます。ですが、出したらそれは顔に貼り付けるまでなくなりません。ヒントを一つ与えましょう。お面はその形が全てです。それでは」と、黒さんは指パッチンをした。右の方にベッドが出された。
「ああ、言い忘れるところでした。この試練は比較的多数の方に出しているのですが、実はあの世界ではにいる人はほぼ全員がここでの記憶を失っています。まるであの世界が本当の居場所みたいに思っています。で、そこには彼らの記憶が生んだ幻想の人間がうろちょろしていて、彼らをもっと思い込ませます。ですが、あなたは特別、記憶を残したままお送りしましょう。そこで、あなたにもう一つ情報を与えましょう。もし、そこにいる人に触れたら、その人はあなたの存在に気づきます。すると、あなたは余計な重荷を負うことになるでしょう。そして、その気づいた人の中に、最終的にここでの記憶を思い出す人が稀にいます。その人は、思い出した瞬間に般若の面を被ろうとします。それを助けるか否かはあなたにおまかせしましょう」
早希はうなずいた。そして黒さんはとがった人差し指をぴんと立て、
「あと最後に一つ。キーマンにはあなたに対する本能的な拒絶を植え付けています。もし、あなたとキーマンの関係がそれなりに親密ならば、きっとあなたを助けようとしますが、そうでなければどうなるかは私にもわかりません」と言った。
「私、頑張ってきます」
「健闘を祈ります……おや、その手はなんですか?」
「ありがとうの握手です」
「すみませんが、私どもは汚らわしいものなので、あなたのような人が触ると黒い魔物があなたを襲い、私どもと同じように真っ黒になって、ここでの生活を一生送らなければならなくなるのです。私は数十年ほど前までは人間でした。ですが、運悪くここであった死後の世界に誘う者は私に触れてしまい、今のように黒さんとして生活するしか道がないんです。ここは現世と同様、残酷な世界です」
黒さんは悲しそうにうつむいた、ように見えた。
「だから、私の分も生きてください。そして、彼に愛を伝えてください! さあ、行くのです!」
黒さんはベッドの方を手で示した。まるで軍隊の指揮官みたいにその右手を振りかざした。
「行ってきます! 黒さん!」
私はベッドの中に入り、目を閉じた。
目が覚めると、私は商店街の前に立っていた。すぐにキーマンを探そうとしたら。
そこに、君がいた。
「じゃあ、そのお面出してみな」
「うん」
早希は念じた。すると、手の上に般若のお面が気がつけば乗っていた。すると、秋村はその面を取った。かなり硬く分厚い仮面の顔は、先程の母親がつけた面とは同じものだった。
「僕にできることは、これぐらいだよ。早希には何度も助けられた。僕が猪突猛進に何でもかんでも突っ込んでいく時、どこかで早希が助けてくれるんだと、今僕が生きている世界では思っていた。でもこの世界に来てから、本当に自分でどうにかしなくてはならない状況で、初めて早希に頼るわけにはいかないって思った。だって、これからは僕も早希を助けなきゃだめだから」
「これからって、どういうこと?」
「これが、僕が君のキーマンとしてできる、最善の策だ」と、秋村は面を両手で持って頭の上まで上げた。そして、
「早希が好きだー!」
とそのお面を腰まで上げた膝に叩きつけて割った。バキッという音がして、早希は一瞬凍るような思いをしたが、すぐに涙が溢れてきた。
秋村は真っ二つに割れたお面から手を離した。あれほど硬かったはずなのに、地面に落ちた瞬間にばらばらになりそれは赤い煙を上げながら、
秋村は早希に向かって笑いかけた。
早希はその顔に確かな優しさを感じて、大声で泣いた。秋村はその背中に手をかけて、自分の胸元まで引き寄せた。
「俺達はすごいところを見せられたな」
「そうですね。でも、早希ちゃんが幸せならいいです」
「そうだな、俺もこうして秋村の心が暖かくなればいい」
二人は暖かく見守っていた。
すると、突然周りが真っ暗になった。みんな戸惑っていると、そこへ黒い男性が拍手しながらやってきた。
「如月さん。おめでとうございます。試練クリアです」
「黒さん!ありがとうございます」
早希は涙をむりやり手で拭い取って、無邪気に笑った。
「あなたが黒さんですか。ありがとうございます。これで早希は戻ってきました」と、秋村は頭を下げた。
「いえいえ、むしろ私のほうが嬉しいです。彼女のことは私も特別気に入っているものですから、こんな笑顔を見られて嬉しいものです。これで晴れて私も成仏できます」
「いや、それ以外の方法もあるんじゃないんですか?」
突然、柿原が黒さんに話しかけた。
「というと?」
「ここで今、黒の呪いは解かれます。呪文を言えば」
「おやおや、何を言っているのでしょうか?」
「柿原さん、黒さんの言うとおりです。早希ちゃんの話でもあったように、黒さんは黒さんとしてしか生きることができないんですよ?」
まいちゃんはストレートに柿原に言った。
秋村は少し黒さんの機嫌を損ねたのではないかと心配になって黒さんの方を見たが、やはり黒さんの顔は真っ黒で、表情はわかるわけがなかった。でも、気にしていない様子であることはなんとなく感じられた。柿原も同様に、気にしていないようだ。
「俺はこの話をどこかで聞いたことがある。人を一人復活させることができたものは、現世か黄泉か、どちらか行く方を選べると。これは俺の母親の話だ。母は俺達と同じ経験をした。今思い出した。なぜならこれは母が入院中にした話だからだ。三歳の頃に聞いた話で、ほとんどわからなかったはずなのに、どうしてだろう。今はすごく鮮明に思い出せて、すべてが理解できた。」
まいちゃんは驚いて黒さんを見た。
「あんたのキーマンは俺だ。呪文は、『黒さん、みーつけた』」
柿原が泣きそうになりながらそう唱えると、黒さんの体から黒い魔物がスルスルと出てきた。その魔物は左右にうねりながら天高く上がっていった。そして花火となって消えた。その花火はきれいな光を上げながら辺りの黒を白に塗り替えていった。それはまるで、四方八方に流れ星が落ちていくかのような眺めだった。その火花は遠くに落ちて、そこから上には青空が、地面には花々が広がっていった。先程まで真っ黒だった世界が桃源郷へと変わり、急に明るくなった世界に目がくらまないのはやはり、受け入れるしかないのだろう。
柿原が目線を目の前に戻すと、黒さんは美しい女性に変わった。
自然に涙を流しつつも笑顔の柿原は、目の前の
「おかえり、母さん」
「……ただいま。弥生」
誰かがゲームセットと言って、みんな気を失った。
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