【人死、胸糞】怪我した敵国人と一瞬だけ仲良くなる少年たち
大人の知らない、自分たちだけの場所を作りたがるのは子どもの本能だと思う。
木を組み合わせて、大きな葉っぱを集めて、自然のほら穴を利用して作った小さな家(というほど立派じゃないけど)は僕たちだけの基地だ。
雨が二日続いて、ようやく晴れた本日、僕は二日ぶりに基地へ向かっていた。
山の中に道は無いけれど、比較的歩きやすい軌道を僕は知っている。
雨で木が倒れたり土が大きく流れたりしていないことを確認しながら、いつもの道なき道を進む。
基地へ到着する直前、しゅうじを見つけた。
木にへばりついている。
何をしているんだろうと声をかけようとしたら、口の前に人差し指を立てられ、身振り手振りで呼ばれた。
目線で基地を示され、見てみる。
そこには知らない人がいた。
敵国の人だ。
髪や肌の色からして違うので、遠目にもわかる。
雨の降り出す前の日、川の近くに敵機が落ちたという話を聞いた。
機体の残骸はあったけれど人の残骸はなかったらしい。
落ちてくる途中のどこかで落ちて死んだのならいいけれど、もし生き残っていたら困る。
川向うは山深く、普通に考えて人里とは逆の方へ逃げるだろうと大人たちは昨日も一昨日も雨の中で山狩りをしていた。
落ちたその日に、一応こちら側の山も見に来たようだったけれど、雨が降ったせいもあってか、おざなりだったらしい。
優先度が高い川向うへ行くほうが明らかに人数が多かったし、集落でも力のある人たちが集まっていた。
僕たちも川向うへは行くなと言われたものの、こちら側の山に入るのは止められなかった。
お手柄だ。
僕たちの基地は地形的に遠目には分かりづらい上に、下手くそだけど木や草で擬態までしている。
きっと、大人たちだけでは見つけられなかっただろう。
初めて見る敵国の、恐ろしい風貌に怯えながらも僕たちは高揚する気持ちを止められなかった。
すぐに大人に知らせに行かなければいけないと分かっていたのに、僕は少しだけ考えてしまった。
僕があれを退治したら、もっとお手柄なんじゃないか?
基地の近くには竹槍と木槍がある。母さんたちと一緒に作ったのを真似て自分たちで作ったやつだ。
隣を見る。しゅうじも僕を見ていた。ちらりと顔だけ振り返る、背後には集落がある。
すぐに引き返すべきだ。大人に任せた方がいい。分かっていたけれど、僕もしゅうじも後ろへ引き返すことは無かった。
翌日。服の下に隠した手を掲げるしゅうじに、僕はふかし芋の切れ端を掲げて見せた。
しゅうじのとうもろこしより僕のふかし芋のほうが大きい。僕がニヤリとしたのを見て、しゅうじは少しだけムッとした顔をした。
芋ととうもろこしを受け取ったトンは軍歌を歌った。僕はトンの言葉が分からない。トンも僕たちの言葉が分からないらしい。
でもトンは軍歌を知っていた。歌詞はほとんど間違っていたけれど、音の雰囲気は何となく合っていた。
竹槍と木槍を構えた僕たちに向かって、トンが軍歌を歌わずに良く分からない言葉でわめき続けていたらどうなっていたのか、今の僕たちにはもう分からない。
トンが軍歌を歌える理由を僕たちは知らない。言葉が通じない僕たちは身振り手振りで何となく疎通することしかできない。
名前がトンであるらしきこと、怪我をしていて動きが鈍いこと、腹が減っていることだけは分かっていて、それで概ね充分だった。
「△○~、シュウェオ、シューズィ、○※△~」
芋ととうもろこしを交互に食べながらトンが言っているのは多分ありがとうとかに近い言葉なんだろうと思う。
「こういうのは、ありがとうって言うんだぞ」
「そうだぞ、トン。ありがとう、ありがとう。トン、ありがとう」
「アリマトー」
「上手いじゃん!ありまとー!ありまとー!」
次の日も僕たちはトンにキュウリと芋を持って行った。トンは足に添え木をして、相変わらず鈍いものの動き回れるようになっていた。
トンのアリマトーに見送られて帰った夜、雨が降った。激しい雷雨だ。
父ちゃんと一番上の兄ちゃんは見回りに出て、遅くまで帰ってこなかった。トンが落ちた次の日の雨を思い出していた。
トンは大丈夫だろうか。基地は雨水が入りにくいように作ってあるとはいえ、この雨ではどうだろう。
翌日、基地へ向かった僕としゅうじは変わり果てた山肌を見ることになった。
集落に被害は全くないけれど、大雨で山の中は所々地形が変わっていた。
基地のあたりも、元々あったほら穴の上から崩れたような形で跡形もなくなっていた。
周囲を探したけれど、人も動物もいる気配はない。
その日も次の日も、僕としゅうじは山をうろついたけれどトンに出会うことはできなかった。
トンがいなくなって十日ほど経った。最初は毎日気にしていた僕もしゅうじも、トンのことを話すことも無くなっていた。
あの日、トンは足に添え木をして少し動けるようになっていた。どこか別の居心地のいいところへ行ってしまったのだろう。なんとなくそう結論付けて、トン探しは三日で終了した。
田植えが始まって忙しかったこともある。集落が総出で順番に田植えをしていく中、鉄平と六郎が意地悪しただのしてないだので喧嘩をしていた。
そこで僕としゅうじは聞き覚えのある言葉を聞いた。
「マリマトー!」
トンの言っていた、ありがとうと抑揚が似ていた。
六郎のばあちゃんがやめなさいと叱る声が、かなり怒っている。
僕としゅうじは顔を見合わせた。
喧嘩をした罰なのか他の子供から離れた隅っこで草むしりをさせられている六郎のところへ向かうしゅうじを見送る。六郎としゅうじの家は隣同士だ。僕としゅうじが二人で詰め寄るのは不自然だけど、隣家のしゅうじが六郎を慰めに行くのは普通だ。
しばらくして戻ってきたしゅうじはムスっとした顔で、そわそわする僕に「後で」とだけ言った。
何に怒ってるのか、不機嫌なのをぶつけられて僕もムッとしたけれど、しゅうじに事情を聞かなければ僕には何もわからないので我慢した。
田植えから帰る途中、しゅうじが道を逸れた。僕もコッソリそれについていった。
田んぼに水をひく用水路の土手に隠れたしゅうじは泣いていた。
マリマトーというのは、雨の日の夜中に帰ってきた六郎のとうちゃんが話していたらしい。
「あの毛唐、日本の軍歌を歌ってやがってな。きっと俺たちに取り入って得た情報を敵国に流す気だったんだろう。叩いてる間ずっと同じ言葉を叫んでやがった。意味は知らんがきっと呪いの言葉に違いない」
僕としゅうじは、トンが埋められたという山の端に溶けていく夕日を二人でずっと見つめていた。
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