クラスの女子全員が同じ男を好きとか二次元かよと思ったら二次元だった
小学生くらいの時はおおむね運動のできる子がモテるもので、社交的で顔が広くて運動と勉強が人並み以上にできる子でもいれば、クラスの女子全員が一人の子を好きっていうのも、よくあることらしい。
たしかにそういう時期もあったなあって遠い昔を思い出す。今はもう私は高校生なので、運動が得意だからって、勉強が得意だからって、それだけで好きになったりはしない。
クラスの子たちもそうだ。運動や勉強ができるとか、容姿がかっこいいとか、話が合うとか趣味が合うとか、いろんなことを総合して自分にとって優先順位が高い項目に秀でている人を好きになってるんだと思う。
男子も女子も、男子でも女子でもない人も、それぞれ違った性格で、いろんな人がいる。しょうゆ顔が好きな人もいればソース顔が好きな人もいる、話が合わない人も趣味が合わない人もいる。
だからそれぞれ違う人を好きになったり、でもやっぱり多くの人に魅力的に思われる人は多くの人に好かれて、友達と同じ人を好きになったりすることもある。
とはいえ。 ひとクラス、三十人と少し。専攻科のせいか男女比は偏りがあって女子が二十人。全員が同じ人を好きって言うのはできすぎじゃないの。
事の始まりはバレンタインデイ。正確には、その準備。
近くのショッピングモールでバレンタインに向けたイベントをしていて、最近ちょっと気になってる人が気になるって言ってた限定のチョコが売り出されると聞いて友達と一緒に買いに行った。
友達も同じ人のことが少し気になっていて、今はまだ好きって程じゃないけど、とりあえず二人で同じものをプレゼントして、もしも、仮に、どちらかが付き合うことになっても恨みっこなしでって盟約を交わして戦友として人ごみに突入した。
そこにはクラスの女子が全員集合していた。
目が合えば愛想良く手を振って笑い合い、軽く挨拶と雑談をして、じりじりと様子を見ながら、最終的に十八人が同じ列に並んだ。
あとの二人も明らかに並びたそうな動きをしていたけれど、同じ列に並ぶ勇気が出なかったようで、かといって他のチョコの列に並ぶこともせず、何も買わずに帰って行った。
誰かが決定的なことを言ったわけでもないのに全員が何もかもを悟っていた。
列に並んでいるのは女の子ばっかり。彼女に連れてこられましたってかんじの男の人が居心地悪そうにそわそわしてる。
ほとんどの女の子は並んでいる暇をおしゃべりで潰していて、私も友達も、クラスの子たちも同じだった。見知らぬ隣の人の会話は聞こえるけれど、少し離れたところに並んでいるクラスの子たちの会話は聞こえない。
私も友達も本当に話したいことは話さずに、どうでもいいことばかり話していた。頭は別のことばかり考えていたし、友達もきっとそうだったと思う。
いくらなんでもありえない。クラスの男女比が一対二だからって、隣のクラスにも違う学年にも男子はいるし、他の学校にもたくさんいるし、高校生じゃなくても男はたくさんいる。
なんでみんなして一人だけを選んだんだろう。
ドラマや小説の世界でなら良くある話だ。王子様みたいなキャラクターが学校の女子全員から好かれていて、王子様に好かれたヒロインにいじわるするやつ。
でも、そんなのフィクションだ。フィクションだから顔も性格も家柄も頭も運動神経も良くて、だからみんな憧れるんだ。
あの人は、顔は悪くないけど芸能人ほどじゃなくて、性格は良いと思うけど、家柄は分からなくて、勉強は中の下、不得意な科目はビリから三番目くらい、運動神経は悪くないけど部活やってるわけじゃなくて、部活でエースやってるような人には普通に負ける。
悪い人じゃない。でもヒーローじゃない。
みんなどうしてこんなに好きになったの?
私は? 私はどうしてあの人のことが気になったんだろう。
私は表面上それなりに笑顔で乗り切ることはできるけれど、誰かと仲良くなるというのが苦手だ。
学校生活はいつも友達と二人で行動している。女子相手ですらそれなのに、男子なんてもっと。
そんな私にもあの人は話しかけ続けてくれて、最近は友達と同じくらい気を使わずに話すことができるようになってて、仲がいいと思ってた。
優しいから、構ってくれるから好きなのかな。
冷静に考えると、いや冷静に考えなくても、あの人は誰にでも話しかけるし、誰にでも優しい。友達に話しかけてるのも見てたし、クラスの他の子と楽しそうに笑ってるのも見てた。特別に好かれてると思えたことはない。
特別扱いじゃなくても平等に優しくしてくれる部分が良かったのかな。
確かに嬉しかったけど、好きになるほどのことだったのかな。
誰にでも好かれるほどのことを、誰にでもふりまくことができるのはすごい。
私には一人に好かれるのも難しい。
仲のいい友達もたくさんは作れなくて、今が精一杯なのに。
あの人はすごい。すごすぎて、こわい。
人を好きになるのに理由なんて要らないよ。って、私の中の私が言う。
だから、好きになるのやめるのにも、理由なんて要らないよ。って、私の中の違う私が言う。
私たちの前に並んでいたスーツ姿のお姉さんが財布を握りしめているのを見て、私は始まりかけた恋が始まる前に終わったことを知った。
「このチョコさ、買うことは買うけど、私の分はあとで一緒に食べよ。私はもういいや」
友達は目を丸くして、でも、と言いかけてやめて、困った顔になった。私が気を使ったんじゃないかとか色々と考えてるのが分かる。
「私はもういいけど、あなたは好きにしていいというか、むしろ渡してほしいと思う、ほんと、自己犠牲とかじゃなくて、ぜひ、おねがい、応援してる!」
急いで慌てて伝えている間に、自分たちの順番が来た。私と友達は一個づつ買って、小さな紙袋を受け取って列から外れた。
何か言おうと、迷いながらも口を開く友達にたたみかけた。
「気を使うとか諦めるとかじゃなくて、何というか、萎えちゃって、いろいろ考えてたら何か面倒臭いなって、どうでもよくなっちゃって、だから本当に、私の分までっていうのも私の想い残ってないのに何が私の分だか分からないんだけど、私の分まで、頑張ってほしいの、おねがいします」
我ながら支離滅裂だ。友達は途中から笑ってたけど、最後まで畳みかけた。分かったよ、と笑う友達に私も笑い顔を返して
「条件未達のため終了しました」
「あぁ……自信あったのに」
定型文の音声に嘆きが重なった。
「突出した才能がナイ、思慮ブカク引っ込み思案、な、女の子トシテ、高いレベルで、再現できていました。今回は誠に残念ですが、条件未達、のため不採用となります。この度はシミュレーションAIモブキャラオーディションにご応募頂き誠にありがとうございました」
頻出するであろう部分だけ滑らかに喋る合成音声を聞きながら、男は画面の中で静止したままの笑顔を睨み付けた。
「モブキャラごときに作りこみ過ぎたか……主人公を好きって点が最優先なのに、細かいこと考え込みすぎなんだよ!」
吐き捨ててから、ため息。
「いや、モブごときって意識が良くない。侮らずにひとつの人格として作っていかないと採用してもらえないんだ。よし、気を取り直して新しいモブキャラに取り掛かるか」
男の指先がパネルの上を動き、笑顔はぷつりと途絶えた。
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