Part 5 合体魔法(弟シンの冒険記)
冒険旅行そのものは、オネショして目覚めた日の過ごし方も、その前の日と、ほとんど同じだった。僕の起床が遅かったり、洗濯物が乾くのを待ったりしたので、出発が少し遅れたが、違いはそれだけだ。しかも、乾くのを待つといっても、炎魔法で熱して乾かすから、自然乾燥ほど時間は必要としないのだった。
ゴブリンや青ウィスプといったモンスターと戦って、経験値を稼ぎながら、歩き続ける。そうやって、一日が終わり、テントで宿泊。寝つけない僕の手を、姉が優しく握り、僕は安心して眠る……。
そんな毎日の繰り返しが始まった。
そして三日ほど経った朝のこと。
はっきりと覚えていないが、何か冒険に関する夢を見て、その夢の中でトラブルに陥り、それで目が覚めたようだった。正直、あまり目覚めが良いとは言えない起き方だ。
でも、その『冒険に関する夢』が、きっかけになったのだろう。僕は、それまで忘れていた大事なことを一つ、ようやく『思い出した』のだ。
「姉さん!」
ガバッと起き上がりながら、僕は、隣で寝ている姉ルベラ・ルビに声をかける。
姉も目が覚めていたようだが、それでも横になったままだった。僕が起きるのを、待っていてくれたらしい。
「あらまあ、シン。どうしたの、そんなに慌てて?」
言葉とは裏腹に、姉は、僕の態度にも全く動じた素振りは見せなかった。
「ようやく『思い出した』のです。なぜ今まで、こんな重要なこと、忘れていたのか……」
「まあ、何かしら」
「合体魔法です! 姉さん、僕たちには……。二人で協力しないと使えない、特殊な魔法があるのですね!」
「まあ!」
それまでの冷静な態度をかなぐり捨てて、姉は、僕に抱きついてきた。
「よかった……。ようやく、あの魔法の存在を『思い出して』くれたのね……」
やわらかな姉の感触と心地よい香りに包まれて、朝から僕は、なんとも幸せな気分になった。
合体魔法。
一人では発動できないような難しい魔法を、二人の魔力を合わせることで使用可能とする技法だ。ふたりがけ、とも呼ばれるらしい。
魔法は術者のイメージにも左右されるから、詠唱時に二人のイメージが上手く重ならないと、合体魔法は失敗する。だから、魔法士としての個々の能力よりも、その二人の絆の強さの方が、重要となる。簡単な技ではない。熟練した冒険者の中でも、これを使える者は多くないそうだ。
恋人同士とか、兄弟姉妹とか、そうした関係が必要と言われている。僕たちは姉弟だから、これが使えるわけだが……。
オリジナルの『シン』ならばともかく、その魂が僕になってしまった今の状態でも、本当に姉ルベラと心を重ねることが出来るのだろうか。少しだけ、心配でもある。まあ、恋人同士のような精神的な結びつきとは違って、姉と弟は、血の繋がりという、
「本当に安心したわ、シン。私たちの冒険旅行って、転移魔法が使える前提で始めた旅だったから……」
今、姉は『転移魔法』と口にしたわけだが。
そもそも合体魔法は、あくまでも『一人では発動できないような難しい魔法』というだけで、具体的に対象となる魔法そのものは、人によって違う。僕たち姉弟の場合、そうやって二人で発動可能となる魔法こそが、転移魔法だった。
転移魔法オネラリ。
魔法学院では教えてくれない、いわゆる秘術に属する魔法だ。冒険旅行に出る以前――まだ村の近隣のダンジョンばかり探索していた頃――、たまたま宝箱にあった『魔法の書』で、僕たちは、この魔法を知ったのだった。
当時、早速魔法を試してみたが、さすがに『秘術』だけあって、最初はうまく出来なかった。ところが「ふたりがけなら、どうかしら?」という姉の提案を実行してみたら、一発で成功してしまった。
転移魔法オネラリは、基本的には、ダンジョンから脱出するための魔法だ。使い慣れると、遠くの村や町まで長距離ワープも可能となる。
現在、冒険旅行で野外戦闘ばかりの僕たちには、ダンジョン脱出は意味がない。もっぱら長距離ワープばかり使っている。こちらは、徒歩で旅する僕たちには、非常に重要。買い込んだ食料が尽きる前に新しい村や町へ行かないと、死活問題となるからだ。
徒歩旅行では、次の目的地までの所要日数も考えた上で、綿密な計画を立てて、それに合わせて行動していくのが一般的だ。でも僕たちは、自由に気ままな旅を続けている。そんなことが出来るのは、この転移魔法オネラリのおかげ。困ったら次の村まで長距離ワープで飛べばいい、というのが僕たちの考えだった。
「どうしますか、姉さん? 早速、今から転移魔法でワープしますか?」
僕の提案に、姉は指を口元の当てて、少しだけ考え込む表情を見せた後、
「いいえ。まだ朝だから、もったいないわ。夕方までは、普通に冒険して……。それからにしましょう」
なるほど。
転移魔法は、魔力を大きく消耗する。二人分の魔力を合わせても、ほぼ空っぽになるくらいだ。だから、一回ワープするだけで、ドッと疲労感が押し寄せてくる。もう眠くてたまらない状態なので、だいたい魔法を使ってから一時間以内に、ベッドへ入ることになるらしい。
「でも、今のうちに、予定だけは決めておきましょう」
そう言って姉は、テントの中で地図を広げた。
ここでいう『地図』とは、旅に出る冒険者が常備する、簡易版の地図だ。いい加減な位置関係の、大雑把な地図だ。この世界では、正確な地図は貴重品であり、冒険者組合や教会といった大きな組織しか所蔵していなかった。
考えてみれば、元の世界のゲームでも、冒険の旅に出たばかりの頃は、
だから、この世界でも、いずれ冒険中に、きちんとした地図を入手する機会があるんじゃないかなあ……。そんなふうに、僕は漠然と期待しているのだった。
「今、私たちがいるのは、この辺りだから……」
姉は、地図の下の方にある緑色の一帯に目を向けて、そこに指で丸い円を描いた。その円内が現在地という意味なのだろが、結構、広い範囲だ。
「……一番近くの村は、ここかしら?」
「そうですね。では、今晩は、その村に泊まりましょう」
姉の指が移動した先には、オンザウ村という地名が記されていた。
最後に転移魔法を使う予定なので、今日一日は、なるべく魔力を温存して戦おう、という方針になった。
相変わらずゴブリンや青ウィスプが出てきたが、魔法は使わず、ジャンプ攻撃のみで倒していく。まあゴブリンはいいとして、それだけで青ウィスプを相手にするのは大変なので、
「撤退!」
「はい、姉さん」
僕たちは青ウィスプを見かけ次第、全速力で逃げ出した。
そんな感じで一日を過ごして、空が赤くなってきた頃……。
「では、そろそろ行きましょうか」
歩みを止めた姉が、そう言いながら、僕に抱きついてきた。
オリジナルの『シン』の記憶で、僕も知っている。
合体魔法のための準備だ。
少しでも二人の結びつきを深めるために、体も密着させよう、というのだ。いつもの儀式だ。
そう、恥ずかしがることはない。若い女性である姉ルベラ・ルビの感触も匂いも、今は特別視してはいけない。
抱き合っている、と考えるから良くないのだ。これはハグだ。日本人だった――しかも男子校の学生だった――僕には馴染みがないが、海外ドラマの中の外人は、男女間でも挨拶として平気で『ハグ』していたではないか。
「ふうぅ……」
心を落ち着かせる意味も兼ねて、大きく息を吐いた。
僕が深呼吸すると、姉も、僕に合わせてきた。
二人の呼吸が重なる。
そして。
特に示し合わせることもなく、自然に、二人が同じタイミングで呪文を口にする。
「イアンヌ・マジカ!」
二人の心が重なって、頭の中で思い描いたイメージも一つになった結果。
穏やかなのに眩しい、不思議な白い光が、僕たち二人を包み込んだ。
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