Part 4 ちょっとした病気(弟シンの冒険記)
翌日の朝。
目覚めた直後に感じたのは、妙な爽快感だった。不思議なくらいに、すっきりした気分なのだ。
次に気づいたのが、姉ルベラがテントの中にいない、ということ。もう起きて、テントの外で何かしているらしい。朝食の支度でもしているのだろうか。
そう考えて、テントの外に出た僕は、まず空の明るさに驚いた。どうやら、思ったよりも遅い時間のようだ。
転生直後の数日間、まだ旅に出ずにテント暮らしだった頃は、いつも同じくらいの時間に、自然と目が覚めていた。でも今朝は、明らかに寝坊だ。
もしかすると、昨日はそれまでと違って歩いたり戦ったりしたから、体が疲れて、たっぷり睡眠が必要だったのかもしれない。おかげで疲れも取れたというのであれば、寝起きに感じた爽快感も、納得できる話だった。
続いて僕は、姉の姿を目にして、軽く驚く。食事の準備という予想とは異なり、姉は朝から、洗濯仕事をしていたからだ。
「あら、シン。ようやく起きたのね」
「おはようございます、姉さん。起きて早々、洗いものですか?」
「うふふ。だって、これだけは洗っておかないと……」
言われて、よく見れば……。
姉がゴシゴシ洗っているのは、僕の下着ではないか!
昨日の夜、はいて寝たはずの下着。本当ならば今朝も下半身を覆っているはずの、僕の下着だった。
徒歩で冒険旅行をする場合、荷物は最小限にするという説明はしたはず。それでも一応、多少の着替えは持参している。今、僕が身につけているのも、その予備の下着の方だった。
もちろん、この世界には、全自動洗濯機なんて便利なものは存在しない。基本的に、手洗いだ。魔法を応用して、自分の『手』そのものは汚さない人もいるが、僕や姉の使える魔法では、そこまでは出来ない。
しかも冒険旅行中の野外では、近くに川や湖といった水辺がないことも多い。例えば今ここも、そんな水に乏しい地域だ。
それではどうするのかというと、空気中の水蒸気を魔法で集めて利用するわけだ。氷魔法の活用だ。
水系統に長けた魔法士ならば、氷魔法で『氷』ではなく、いきなり『水』を作り出せるらしいが、残念ながら、僕も姉も竜剣士。二人とも氷魔法が使えるとはいえ、そこまで器用なことは不可能だ。だから一度氷にした後で、炎魔法で氷を溶かして水にする、という工程が必要となる。
それでも、そうやって空気からいくらでも水を生成できるというのは、便利な話だろう。魔法さまさまだ。今も、魔法で用意した水で、姉は僕の下着を洗っているわけだが……。問題は、なぜ僕の下着なのか、ということだった。
「姉さん、なぜ……」
それだけで、姉は僕の質問の意図を理解してくれたらしい。
「あら。だって、汚れちゃったんですもの。シンちゃん、また悪い癖が出たのよ。寝ている間に」
姉が僕を『シン』ではなく『シンちゃん』と呼んだことで、僕も理解した。
小さな子供のような扱い。『寝ている間』の『悪い癖』という言葉。
つまり。
僕は、オネショしてしまったのだ。
人間は誰でも、赤ん坊の頃は、排尿を自分でコントロール出来ないはずだ。だから眠っている間に小便してしまうこともあるだろうが、普通、物心が付くまでには、寝小便はしなくなる。
転生前の僕はそうだったし、オリジナルの『シン』も、そこまでは同じだったらしい。
ところが『シン』の場合。
成長してから、突然、オネショ癖が復活したそうだ。それも最近、姉と二人で冒険旅行するようになってから、とのこと。
この話を『シン』の記憶の中で知った僕は、正直、驚いた。『シン』は、転生前の僕と同じくらいの年頃、つまり日本ならば高校生に相当する少年だ。高校生にもなってオネショするなんて話、聞いたことがない。少なくとも僕の周りには、そんな奴いなかった。
だから、おそらく『シン』は軽い病気だったのだろう、と僕は推測した。『姉と二人で冒険旅行するようになってから』ということは、この旅そのものが病気の原因に違いない。元の世界で「ストレス性の……」という言葉を聞いたことがあるから、きっと『シン』の場合も、慣れない冒険旅行生活のストレスが理由で体調がおかしくなったのだろう、と僕は勝手に結論づけていた。
そして、本当に心因性の病気であるならば、僕は大丈夫だ。だって、こんなに楽しいのだから! オリジナルの『シン』はともかく、僕がストレスなんて感じるはずがない!
そう考えていたのだが……。
まさか、僕もオネショしてしまうとは!
どうやら、ストレスによる病気ではないようだ。あるいは、すでに『シン』のストレスが引き金になって、肉体そのものに小さな異常が発生していたのかもしれない。どちらにせよ、オネショが始まった頃に『シン』も姉も回復魔法を試しているから、これは魔法でも治療できない病気ってことになるのだろうなあ。
この『シン』のオネショの頻度は、だいたい一ヶ月に一回か二回くらい。その度に、先に気づいた姉が、いつも世話をするのだという。汚れた下半身を拭いてくれて、下着も着替えさせてくれて……。
そうした処理は全部、まだ『シン』が眠っている間に済まされるので、彼自身、どの程度のオネショなのか、詳細は知らなかった。
姉から聞かされた話によると、小さい頃の寝小便とは違って、ほんの少し漏らす程度らしい。いわゆる『布団に地図を描く』というような大惨事には、ならないそうだ。だから、下着が汚れるのも一部だけ。
そんな感じだから、ドバーッと排尿するわけではないけれど、それでも『シン』の感覚としては、オネショして目が覚めた朝は、妙にすっきりしているそうだ。
ああ、今朝の僕の『気分爽快』は、オネショが理由だったのか……。
ともかく。
姉が後処理を全部やってしまう以上、『シン』自身は、この『爽快感』と、下着が新しくなっていることでしか「オネショした」と認識できない。正直『ほんの少し漏らす程度』ならば、起きてから自分自身で、拭いたり洗ったりしたいようだった。
でも『シン』が姉にそう訴えても、
「濡れたままだと、風邪をひくかもしれないわ。それに、オネショしちゃう赤ちゃんなんだから、そういうのは、お姉ちゃんに任せなさい」
と却下されていた。
もうほとんど大人に近い年齢の少年が、いくら血の繋がった姉とはいえ、下半身を全部見られて、汚れた部分を拭いてもらうのは、考えただけでも恥ずかしい行為だった。
ましてや、この僕にとって姉ルベラ・ルビは、本物の『姉』ではなくて、美人で色っぽい年上のお姉さんなのだ。気恥ずかしさは、実弟である『シン』以上のものがある。
正直に告白すると。
素敵なお姉さんに、そうやって下半身を綺麗にしてもらえるなんて……。恥ずかしいを通り越して、むしろ逆の感情も生まれそうな気も少しするのだが……。
これを喜ぶような特殊性癖があったら、この先の二人きりの冒険旅行で、絶対に支障をきたすと思う。
ルベラ・ルビは、今の僕にとっては、あくまでも『姉』なのだ。
いけない、いけない。
心して、彼女と接していかないと。
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