Part 3 緊張の夜(弟シンの冒険記)
最初の戦闘の後。
夕方までに、また何度かモンスターと遭遇した。途中から数えるのをやめてしまったが、だいたい十回くらいだったと思う。
ほとんどはゴブリンの集団で、他には何度か、青ウィスプという生き物っぽくないモンスターも出てきた。青い炎の塊が浮いているような感じのやつだ。
「シン、わかる? あれは、私たちにとっては、ちょっと手強いわよ」
「はい、姉さん。物理攻撃に耐性のあるモンスターですね?」
「そう。ちゃんと『思い出して』いるようね、よかったわ」
記憶の中の知識によると、ウィスプ系モンスターに対して斬撃や殴打といった物理攻撃を繰り出しても、あまりダメージを与えられない。だから、普通は魔法士が中心になって戦うらしい。
しかし僕たちは、竜剣士が二人というパーティー構成だ。魔法を専門とする者は含まれていない。一応、二人とも少しくらいの攻撃魔法は使えるので、それを駆使することになるが、魔法士と比べたら、どうしても威力は落ちてしまう。
「イアチェラン・グラーチェス・フォルティテル!」
開始早々、敵全体に向けて、姉は強氷魔法フリグダを放った。彼女は火系統と水系統の攻撃魔法が使えるが、第二レベルまで発動できるのは、水系統つまり氷魔法だけ。一方、僕の魔法は氷魔法と雷魔法で、どちらも第一レベル止まり。
それでも、姉に合わせて、僕も氷魔法を放つ。
「イアチェラン・グラーチェス!」
続いて、
「イアチェラン・グラーチェス・フォルティテル!」
姉が再度フリグダで全体攻撃した直後、僕は攻撃方法を切り替える。
「フルグル・フェリット!」
弱雷魔法トニトゥラ。今度は、これで一匹ずつ狙っていくのだ。
元々の『シン』の記憶によれば、この戦法が、僕と姉が魔法主体で戦う場合の基本だった。
この世界では、氷魔法で十分に冷やした後に雷魔法を当てると、雷の威力が倍増すると言われているらしい。少ない魔法の力を最大限に発揮するために、二人は、この話を活用してきたようだ。
考えてみれば。
雷魔法は文字通り『雷』なのだから、相手を感電させる効果があるのだろう。そして氷魔法は、系統としては水の魔法だ。僕がいた元の世界では、水に濡れると感電しやすい、という話もあったような気がする。もしかしたらフィクションに限った話だったのかもしれないけれど、映画やドラマの中で、入浴中の風呂に電気製品を落として感電死させるシーンを何度か見たことがあったのだ。
まあ、ともかく。
こうして氷と雷の組み合わせで、青ウィスプの数を減らしていき……。
「そろそろ十分ね。もう魔法は温存しましょう」
姉の言葉を合図に。
最後の一匹に対しては、かなり弱らせてから、二人でジャンプ攻撃を連続で叩き込み、物理で葬り去った。いくらウィスプ系モンスターが物理攻撃に耐性あるとはいえ、生命力が少なくなった状態で、竜剣士のジャンプ斬りを何度も食らったら、さすがに助からないのだ。
そうやって何度も戦闘をこなして、一日が終わる。
「今日は、この辺りで野営しましょうか」
姉の言葉に従い、二人でテントを設営し、その近くで夕食だ。野外に出没するモンスターも、このテントの周りには近寄ってこないので、安心して食事が出来る。
パンとチーズをのせた皿を僕に渡しながら、姉が尋ねてきた。
「シン、どうだった? 意識不明とか記憶喪失とかの期間もあるから、あなたとしては、実際以上に久しぶりの冒険旅行って感覚かもしれないけれど……」
姉は知らないから、そんなことを言う。実際には、久しぶりどころの話ではない。僕にとっては、初めての『冒険』だったのだ。
一応、元の『シン』の記憶はあるが、いくら自分のことのように『思い出す』といっても、まるで眠っている間に夢で見た出来事のような感じだから、現実感は乏しかった。やはり、自分で実際に体験するのとは違う。
ここはゲームみたいなファンタジー世界だが、生きているモンスターを相手に自分の体を駆使して戦うのは、ゲーム内でデータに過ぎないモンスターを退治するのとは比較にならないくらいの、大きな充実感があった。
「はい、楽しかったです!」
僕は、正直に答えた。さらに、本音を付け加える。
「姉さんと二人で、こうして冒険旅行できるのは、本当に幸せなことだと思います」
「あらあら。なんだか、以前よりも可愛らしくなったわね、シン」
姉も満足そうに微笑んでくれた。
美しい彼女の笑顔を見ながらの夕食。食べ物そのものの味は少しくらい悪くても、この雰囲気だけで、良い食事だったと思えてしまう。
夕食の後、テントで宿泊だ。
二人でテントに入り、身を寄せ合うような距離で、一緒に横たわる。僕たちの旅行荷物に寝袋は含まれていないので、布一枚を掛布団代わりにして、横になるだけだ。
野外を徒歩で旅する場合、いつモンスターに襲われるかわからないので、大きな荷物は、なるべく少ない方がいい。だから僕たちは、寝袋を持っていないのだが、寝袋なしで長期冒険旅行が出来るのも、北の大陸――通称『火の大陸』――の温暖な気候のためらしい。他の大陸だったら、数日程度の短期旅行ならともかく、長期の冒険旅行では寝袋も必須なのだという。
「おやすみ、シン」
「おやすみなさい」
姉に就寝の挨拶を返して、僕も目を閉じた。
でも視覚が消えると、その分、他の五感が鋭くなるらしい。テントの中に漂う、甘い香りを感じる。おそらく、若い女性特有の匂いなのだろう。なんとも心地よい香りだ。
おかげで、すぐ横に『姉』が寝ていることを、いっそう強く意識してしまった。ただでさえ「魅力的な女性の隣で寝る」というシチュエーションに、僕は心かき乱されていたのに……。
明日も冒険の旅があるのだから、ちゃんと眠らないといけない。でも、隣の姉を意識してしまうと、とてもじゃないが眠れない。無視できない存在感に抗えず、僕は目を開けて、姉の方に視線を向けた。
女の人の寝顔をこんな間近で見るのは、生まれて初めての経験だ。
ふと、元の世界で読んだ書物に書かれていた記述を思い出す。「どんなに不細工な女の子でも、近くで寝顔を見ると、色っぽく感じる」という話だ。
それを読んだ時、僕は、こう思った。
「寝顔を近くで見るということは、普通の友人のはずがない。恋人関係だろうから、あばたもえくぼとか、惚れた弱みとか、そんな感じもあるのだろう。そのせいで、超主観的に、色っぽく見えるだけではないか」
でも……。
今こうして、寝ている姉ルベラ・ルビの隣で、彼女の横顔を見ると。
ただでさえ魅力的な彼女が、いっそう素敵に感じられる。
なるほど確かに、こういう状態では『色っぽく』見える度合いは、強くなるらしい。
しかも、素晴らしいのは顔だけではない。
掛布団として使う布が膨らんでいるのを見れば、はっきりとわかる。上を向いて寝ているにもかかわらず、彼女の豊満な胸は、山のような形を保っていたのだ。
これも元の世界で聞きかじった知識だが、女性の胸は脂肪の塊なので、横になったら左右に広がるような感じで潰れるはずだという。形をキープする胸は、基本的には偽乳だという話だった。
でも、今の姉の姿は、どうだ。
僕の元の世界とは違って、この世界に豊胸技術なんてあるはずがない。つまり姉の胸は、天然物でありながら、ほとんど形が崩れないのだ。それだけ、引き締まった筋肉で出来ているということだろう。
しかも、そうした筋肉だからといって、硬い胸というわけでもない。僕が転生した直後、彼女が抱きついてきた時に、むにゅっとした感触があったから、それは間違いない。これも、女体の神秘なのだろうか。
ああ、駄目だ。
こうやって色々と考えていたら、ますます緊張で眠れなくなる。精神的な意味だけでなく、肉体的にも『緊張』してきた。
少しでも頭の中からその存在を消すために、僕は寝返りを打って、姉に背を向けた。
すると。
「眠れないの?」
姉が声をかけてきた。
どうやら、まだ彼女も眠っていなかったらしい。
ならば、じっと僕に見られていたのも、知っていたのだろうか。もちろん彼女は目を閉じていたけれど、それでもジロジロと視線を向けられたら、なんとなく気づくものではないだろうか。
ああ、恥ずかしい。
僕は、自分の頬が熱くなるのを感じた。
とりあえず、何か返事をしないと……。
「うん。なんだか、興奮しちゃって……」
いつもならば「はい」と答えるところを、つい「うん」と言ってしまった。しかも、正直に『興奮』と口にしてしまった。
「ああ、今日は久しぶりの戦闘だったから、気持ちが
姉は、僕の言葉を都合よく解釈してくれた。
こちらに体を寄せて、僕を背中から、ぎゅうっと抱きしめる。
若い女性と密着したことで、僕は、ますます『緊張』してしまった。体の一部が、特に
「シン、手を出して」
言われるがまま、僕が右手を姉に差し出すと、彼女は軽く指を絡めながら、僕の手を握りしめた。
手の温もりが伝わってくる。
やさしい感触だ。
不思議と、それまでの『緊張』が嘘のように解けるのを、自分でも感じた。
「よし、よし。シンが眠るまで、こうしてお姉ちゃんが、手を繋いでいますからね。安心して、眠りなさい。さあ、夢の国へ……」
そんな言葉を聞いて。
リラックスできた僕は、やがて、眠りについた。
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