第12話 逃避行


「助かったよキツネ君。」

「そうかい。マーガレーデに気に入られたみたい。ダーティーには助けなんか必要無かったんじゃないか?って思っていたところだよ。」

「そんな事は無い。彼女の不思議な力には、抵抗するので精一杯だった。」


邦人にそう言われると、キツネはまんざらでもなさそうな顔をする。しかしすぐ表情を真剣なものに変えた。


「ついて来てくれダーティー。今の君は、この世界を裸で歩いている赤ん坊のようなもんだ。」

「今すぐに?」

「そう、時間が無い。マーガレーデ意外にもプレイヤーや危険な敵がいるんだ。」


邦人はキツネの言葉に頷いた。

先程のSSS管理呼び出しといい、キツネは邦人に対し利益になる行動を取っているようだ。素早く荷物をまとめ、虎をどうしようか見る。


「50kg迄なら僕が運べる。持っていきたい物があれば、僕の鼻先に置いてくれ。」


>キャンピングチェア、ビール瓶x2、皿x2GET!


虎の皮だけを取り、鹿皮に入れた小物とトイレからの戦利品、マーガレーデが置いていったキャンピングチェアも一緒にキツネの前に置く。


「こう言うんだ。『バゲージ・コンパニオン』僕には出し入れ出来ない。」


邦人が唱えると、キツネの真上に黒く四角い空間が出来た。そこに荷物を入れ『バゲージ・クローズ』と言うと空間は閉じた。邦人はヘルメットを被り、残った鞭と杖を持って、さっさと外に出たキツネを追い掛けた。


「すまないね。その…僕は鼻が良すぎて、虎の臭いが辛かったんだ。」


------------


邦人が水場に使っていた沼のやや西側を抜けて、キツネは南へと邦人を導いていく。十七夜程の大きな月が明るく照らす中、段々と茅が減って来た草原を、邦人は小走りに進んだ。


「月がこっちだから…。」


キツネは時折岩や低木に登り、鼻先を突き上げて匂いを嗅いで方角を確認した。眠りを妨げられた鶉や雉が、バサバサ逃げていくが、キツネも邦人も気にせず進んだ。



そして2時間半約20kmを進むと、これまで無かった高い木々が前方に姿を見せ始めた。そこでキツネはようやくペースを落とす。汗だくになっていた邦人は、ジャケットの前を全開にした。途中ヘルメットはキツネに預けている。


「目的地はそこの森の中だ。」

「そうか。まだまだ行けるが水を飲みたい。汗をかきすぎた。」

「ダーティーは着込んでいるからね。しかし水場はこの辺には無い…。」


先を歩きながら、キツネはあれこれ考えている様だ。フサフサした尾が揺れている。と、その尾がピーンと立ってキツネは邦人の方に振り向いた。


「フォウセットが有った!」

「フォウセット?捻ると水でも出て来るのか?」

「その通り。マーガレーデから得た指輪を出して、その内側を見てくれ。そこに名前が刻まれている。」


すぐ先に見えていた岩の横に、邦人は片膝を付いてしゃがみ込んだ。キツネが岩上で周囲を警戒し、邦人は杖と鞭をすぐ傍に置くと、グラブを外し右の内ポケットから指輪を3つ取り出す。夜目の効く邦人は、異様に強い月明かりですぐ目的の指輪を見分け、他の2つを元通りしまった。


「あったかい?指輪に集中して、『フォウセットを使う』と言えばいい。慣れれば念じるだけで使える。」

「フォウセットを使う。」


すると邦人の前に様々な形状の蛇口が、半透明の立体像で表示された。邦人がその内の一つ、小学校の水場に有るようなものに触れると、蛇口は実体化して、ポトリとそこに落ちた。


手に取るとズッシリ重い。


「背部を岩肌に当てて念じれば付くはずだ。そうしたら、後は捻れば水が出ると思う。」

「そのままでも使えるのか?」

「多分ね。」


邦人がそれを岩肌に当てると付き、引っ張ると取れた。どういう仕組みなんだ?ファンデルワールス力でも働いているのか。ともあれ蛇口を捻ると水は出た。


「純水か!」


雑味がなさ過ぎて美味く無いが清潔な水だ。邦人はそれを飲み、警戒を代わってキツネにも飲ませた。荷物から岩塩を取り出して舐め、それは巾着袋で腰に吊るした。


戻れと念じるとフォウセットは指輪形状になったので、邦人はそれを右手中指に嵌める。上からグラブを付けても装着感はほぼ無かった。他の2つの指輪にはどんな力があるのか?邦人が質問しようとした時…。


「その岩影に入るんだ!ゆっくり…。」


------------


岩上で警戒していたキツネの緊迫した小声に従って身を伏せ、邦人は休んでいたやや大きめの岩、明るい月が作る真っ黒な影に入り込む。キツネはぬるりと邦人の腕の中に潜り込んできた。


ドドドドドドド……。

森の縁、草原の東側からたくさんの馬が駆ける

音が響いてきた。その内馬の嘶く音がし、やがて鉄鎧の武装した男達が見えて来る。20騎程だ。


「ハァアアイ!」

「……ハァイッ!」


手に手に松明を持った男達の騎馬は、何かを追い立てるかのように、横に拡がって草原を走って行く。邦人達が来た方角に向かっているようだった。


中世騎士風か。ファンタジーだが…敵としては大した事は無いな。と邦人は観察していた。


内一騎が、邦人達が身を潜ませる岩影のすぐ横50m程を抜けていく。馬は夜走りに慣れているのか、馬上の男は左右に顔を向け目を配りながら移動しているようだ。


騎馬の先30m程に低木が迫る。すると男は松明を左手に移し、右手で左腰から剣らしき物を抜いた。その剣刃が薄く発光している。


「ハァアアイ!」


低木の横スレスレに抜けながら、男はその眩しく光る剣をザンッと振るった。結果など解りきった様に抜けていく騎馬の背後で、低木がズンと倒れる。たちまち騎馬達は遠ざかっていった。


「なんだあれは!? ビームサー…。」

「マギブレイドだ。この世界のナイトはあれで戦う。僕が君の事を“裸”って言ったワケが解ったろう?」


邦人は頷く。

あんな切れ味の武器ならば、邦人の装備では撃ち合う事も出来ない。


「さ、今の内に森に入ってしまおう。今のは斥候だろうから。」

「あれが斥候?」

「そうさ。この後本隊の歩兵が猟犬を連れてやって来る筈。歩兵の中にもあれが使えるナイトがいる。」

「…厄介だな。」

「だろう?だからさっさと行こう。」


邦人達は身を低くして、森の中へと入っていった。


------------


「あの虎は、元々は私を襲うつもりが無かったと言うのか。」

「そう。虎はコンパニオンである僕を君に近付けさせないよう、マーガレーデが放ったものだったんだ。」


森に入るとややペースを落とし、息を整えながらキツネと邦人は歩いている。獣道なので落ち葉や蔦などが少なく、たまに高身長の邦人の邪魔になる枝が左右から迫り出しているくらいだ。もう2時間…10km以上は進んでいる。


「彼女も驚いたろうね。まさか素手に近い君が虎を倒してしまうなんて、完全に想定外だったと思うよ。」

「キツネ君も、虎を倒したらさっさと話しかけてくれれば良かったのに。」

「それなんだけど…。」


プレイヤーが餌を与えた獣でないとコンパニオン人格が芽生え無いそうだ。キツネは、邦人が倒した鹿の遺骸を食べて朧に人格が芽生え、虎の遺骸を食べてコンパニオンとして覚醒したと言った。


「それで挨拶にいったら…酷いよ。」

「あの時はすまなかった。小動物を餌付けすると、拠点を荒らされると思ったんだ。」


不承不承頷くキツネ。


「ハリー。」

「え?」

「君の名前だ。マーガレーデが言ってたろう?コンパニオンに名前を付けろって。」

「僕が…ハリー。いい名前だ!」

「だろう?ダーティーとハリーはタフでクールなチームになるんだ。」


何の事は無い。ダテが発音しづらい外国人向けのプレイヤーネーム・ダーティーに、祖父が好きだったドラマの名前を当てただけだ。だがキツネ君は喜んでいるし、邦人もしっくりと感じていた。…急に歩みを止めて背後を振り返る。


「それでタフでクールなハリー。オトリを頼む。」

「そう言われるとね。」


ハッハッと言う荒い息と軽い足音が微かに聴こえ、邦人は鞭を右手に握ると傍らの茂みを回り込み、身を隠した。ハリーは少し先に行き、ゆっくり歩く。


…しばらくして、そこに追っ手の放った猟犬が一頭、吠え声も立てず走り込んで来た。ハリーの姿を認め、足音を静めようとペースを緩めた瞬間。横合いから鞭がその首に巻き付き、それに引っ張られる様に邦人が襲い掛かった。


「ガフ…!?」


本来訓練された軍犬や猟犬は、至近の銃弾を筒先と指の動きを見て躱す程、機敏で恐ろしい。しかし獲物を視界に捉え注意がそちらに向いた。その一瞬を捉えたので、邦人の襲撃は成功したのだ。


邦人はドーベルマンの様な猟犬に背後から抱き付き、身を捻った喉奥に石ナイフを捩じ込む。こうされると犬はその咬合力を発揮出来ない。前脚の引っ掻きや牙は、丈夫な革グラブと革ジャケットに任せて無視し、そのまま締め上げた。


「群れて無くてラッキーだったが、すぐ気付かれるだろう。次はどうする?」


猟犬の首を踏み折ってトドメを刺すと、薮奥に寝かせつつ、邦人はハリーに尋ねた。


「目的地はもうすぐそこさ。」


時折立ち止まって背後の音に注意しながら、邦人達は後1km程を小走りに進み、やがて一本の大きな木に辿りついた。


半分立ち枯れした太い蔦に爪をかけ、ハリーは器用に大木を登っていく。長い事役立ってくれた杖を投げ捨て、鞭を肩に巻き付けると邦人もそれに続いた。やがて3階程の高さまで到達し、太枝の一つに身を落ち着ける。


「ダーティー、スマホを出してくれないか?」


邦人はスマホを出しハリーの示す枝先の方に歩いてそれを翳した。するとそこに古びた鉄製の扉が現れた。取っ手を捻ると殆ど真っ暗だが、床が有るのが見える。


「アォオオ〜〜ン!」


その時木の下から犬の遠吠えが響いた。移動不能な場所に臭跡が続いているので、主人を呼んでいるのだろう。遠くから応える遠吠えが聴こえた。


「急いでダーティー!これは見られてはいけないものなんだ。」


一つ頷くと、邦人は扉をいっぱいに開けながらそこに飛び込んだ。続いてハリーが飛び込んだのを確認すると、邦人は扉を閉めた。


30分程すると、手に松明を持った兵士らしき男達が10名程走り集まってきた。内2名が木に登り、松明を翳して確認するが何も見つからない。邦人がうち捨てた杖を犬が発見し、男達はそれを拾うと、また森の中に散っていった。


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