第9話 プレイヤー来訪
「こんばんは。」
英語だ。
柔らかな女声がし、現代的な服装らしい高身長な女性の影が入口に姿を現した。返事を待っているようだが邦人は何も言わない。荷物も持たず武装も無い平服…どう考えてもおかしいからだ。
「私は一人です。入ってもいいですか?塩がお土産です…。」
塩!喉から手が出る程欲しい。邦人の表情が見えたようで、女性は笑った。
「あっはは!お土産だから条件なんてつけません。」
「…入ってくれ。」
お土産だから無条件。他には条件が有ると考えられる。ではこのプレイヤーだろう女性は何かを取引きに来たのだ、と邦人は考えた。
焚火に近づくにつれ、女性の堂々たる美貌が明かされる。胸と尻が張った素晴らしいプロポーションだ。ヘソ下まで腹部が見える、露出の多い煽情的な服装だった。国籍不明な、しかし美しい超然とした顔立で笑っている。
「酷い臭い…よく貴方はこんなところで我慢出来ますね。…ほら。」
女性が焚火越しに放り寄越した、拳大の巾着袋を邦人は左手で受け止めた。軽めの石の様な感触、岩塩で間違い無いだろう。一瞬それに目をやった隙に、女性は何処やらから取り出した椅子に座っている。折り畳み式のキャンピングチェアだ。
「私はプレイヤーです。久しぶりにニューフェイスが現れたのをキャッチしました。武器も持たないその人物が虎を倒したと報告があったから、私は興味を持ちました。」
スマホを見せ顔の前で振って見せる。邦人にも見せるよう身振りで要求した。邦人がジェケットの内ポケットからスマホを出して見せると、彼女は頷いた。互いにプレイヤーで有ると認識し合ったのだ。
彼女に頷いてスマホを戻し、鞭を置く。何が狙いだ?邦人がどんな人物か探り…スマホも狙っているかも知れない。初心者の無知につけ込むなど、どんな世界にもある話だ。
邦人は立ち上がり壁際に立て掛けた木に干しておいた鹿肉を取り、細枝に刺して熾火で焼き始めた。彼女は今のところ平和的だ。客としてもてなし情報提供して貰おう。邦人はそう考えた。
「虎……臭いを消して良いですか?別に手は加えませんから。」
「臭いだけなら構わないです。塩をありがとう。」
邦人は、出身国を隠す為N.Yの速い英語で返事をする。女性は頷いて立ち上がり、虎の死骸に手を翳し何事かブツブツ呟いた。それから入口の方を向いて立つと、またブツブツ呟く。すると頭上、岩間から風が吹き込み、虎の遺骸が発する腐臭が殆ど消えた。今や鹿肉が焼ける良い匂いと、女性が漂わせる官能的なコロンの香りが目立つ。
「あの周辺の…腐敗のプロセスを一時的に凍結しました。次に誰かが触れて動かすまで。OK?」
「OKだ。食べませんか?」
「鹿ですか?」
「あぁ。四日目でエージングは充分な上、よく燻されている鹿です。」
「それなら、是非頂きたいです。」
そう言うと女性は、また何処からか二枚皿を取り出して邦人に渡した。その1枚にミディアムレアに焼いた鹿肉を載せ、岩塩を擦り付け、女性に返す。邦人も同様にして、鹿肉を貪り食った。
「へぇ〜美味しい!鹿肉は好きだけど、これはスモーキーで久し振りに感動しました!」
「全くだ。だが塩有ればこそです。そこは貴女に感謝します。」
「おもてなしにお礼を言います。感謝の印に…ホラ。瓶のままで良いですか?」
「最高ですね!」
次に女性が取り出したのは、キンキンに冷えたビールだった。邦人は礼を言って受け取り、彼女と瓶を持ち上げてチアーズを言い、一息に呷る。原始時代的生活の中、冷え切ったビールは反則的な美味さだった。肉の臭みが消え、また鹿肉が欲しくなる。
「うまい!もう一枚いかがですか?」
「頂きます。…今日までどうやって過ごしたか、どうやって虎を倒したか、話してくれませんか?」
三本目のビールを空けながら、邦人は女性に今日までの生活を冗談めかしてざっと話す。女性は驚き笑いながら聞き、鹿と虎との闘いについては細かく質問してきた。会話は全て英語だ。二切れ目のステーキを平らげ、健啖な二人も流石に飽食してきた頃、女性が切り出した。
「貴方は素晴らしい人です…名前は?」
「ジョンと呼んで下さい。貴女は?」
「ジョン。ふふふ、では私はジェーンと呼んで下さい。」
日本で言えば太郎と花子。お互い正体を現したく無いと言った事になる。二人は微笑み合った。挨拶が終わり取引が始まるのだ。
「貴方は既にスマホで情報取得した筈ですが、全てを把握はされていない。合っていますか?」
「ああ、そんな感じです。」
「私は貴方を気に入りました。なので、大体の情報をまとめて伝えましょう。聞きますか?」
邦人が頷くとジェーンは話始めた…。
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ジェーンの情報は邦人に衝撃を与えた。
先ず、あれから9回SSSは繰り返され、今はSSSは終了しその後何年経過しているのか解らないと言う事。9回目に法則で更に時間が10倍、現実の1年がSSSでの1万年になった事を話した。
「だから今、新規は有り得ません。初期にレジャーで起きたトラブルで凍結された、プレイヤーの復活を除いては。」
「凍結されたプレイヤーは、リアルではどうなっているのですか?」
「さぁ?恐らくそれはUDIの企業秘密です。私はそれを知りません。」
「今度は私の番です。実はこれまで何名か復活しましたが、全員精神に異常を来たしていました。ジョンはどうやって復活したのですか?」
なるほど。あれが何だったのか、彼等の記憶を解析するなどして状況を知っている可能性があるな。ならば…。
「私はレジャーのレース場で寝ていて、気付いたらここにいたのです。この格好はその時のものです。」
邦人は革のライダー装備を示す。
「それでその格好!寝ていた?だから貴方は精神異常を免れたんですね。」
「実際どういう状況だったのでしょうか?」
「完全な静止・停滞状態が1万年以上続いたようです。指一本動かせない、眠る事すら出来なかったようです。貴方はラッキーでしたね。」
どういう方法で、それを精神異常を来たしたプレイヤーから引き出したのか。邦人は聞かず、ジェーンも語らなかった。
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次にジェーンが話したのは、帰還と基本的なプレイヤー権能についてだった。現状プレイヤーはサヴァイバル期間が終了してもフィールドに居続けるそうだ。そして今でも、“要”を集めれば新法則は発動出来ると言う。全プレーヤーの50%程が必要だが…。
「待って下さい。リゾートはどうなったのですか?」
「どうでしょう。私は長い事リゾートに入れていません。最後のゲーム後、システムにトラブルが有ったようです。」
リゾートに戻れない。ならばどうやってリアルに帰還すればよいのだ?いや、そうなると…。
「では、”不要“が集まったプレイヤーはどうなるのでしょうか?」
「さぁ?でも貴方は心配要らないです。その後のルール改正で強制退去には”不要“が100票必要になりました。しかし現在プレイヤーは貴方を合わせても15人程。誰かが新法則でも作れば話は別でしょうけど。」
最後2回のゲーム時は、参加費が下がり参加人数と賞金が増え、2,000人以上のプレイヤーが参加したそうだ。ジェーンはその時の参加者だという。疑わしいが。
「では、もしプレイヤーが死亡した場合は?」
「残念ですが私はそれを知りません。死亡したプレイヤーがフィールドに戻った例を、私は知らないからです。」
ジェーンはリゾートや現実への帰還に関心が低く、サヴァイバルが終わらない事も寧ろ歓迎しているかのような話ぶりだ。…ならば彼女は真実を隠すだろう。これに関しては自分で情報を集めないと。
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続けて、ジェーンは“魔法”について話した。フランクの法則は、邦人が未だ読んでいない25番目の法則で次回以降に持ち越され、今なお有効だという。それがこの世界に魔法を与えていた。
魔法には大別して火氷風雷の攻撃・防御が有り、応用により様々な効果をもたらす。魔法のスクリプトは書籍化され、この世界のかしこに散りばめられているそうだ。先刻、虎の遺骸の臭いを消したのも、その応用だとジェーンは言った。
「それは素晴らしい力です。」
「貴女は“魔法”の本を持っていますか?」
「持っています。」
「それを私に見せて貰えませんか?」
「後ほど、幾つか私の質問に答えて頂ければお見せします。」
ジェーンは魔法を気に入っているようだ。フランクを褒め、散々魔法の有用性に関して語り、邦人はそれを注意深く聞いた。
ひとしきり話したところで、彼女は“失礼”と行って立ち上がった。ビールを飲み過ぎトイレに行きたくなったのだろう。邦人も催していたが、情報取得の機会を逃すまいと我慢していた。
ジェーンが横の壁面に向かい何事か呟くと、そこに扉が出来た。なるほど魔法だ。
「外は危ないので…トイレに行って来ます。少し待っていて下さい。」
やや酔ったような表情でジェーンは言い、扉を開けて姿を消した。魅力的な女性が消えると寂しく感じる…そう思いながら邦人は立ち上がり、この隙にジャケットのボタンを閉めブーツ等を身に付ける。
ジェーンが扉から出て来て、着替えた邦人を見てニヤリと笑う。
「素晴らしい!貴方は何て用心深い。トイレを使いますか?快適ですよ。」
「では、遠慮なく。」
「ふふふ流石です。ご褒美に中に有る物は“何でも”持ち帰って結構です。」
邦人が罠では無いと即座に判断したのを、ジェーンは褒めたのだ。彼女に危害を加える意図が有れば、いつでも出来る。
しかしだ、持ち帰ってよい?
情報交換はもう終わりで、いよいよ何か取引を始めようと言うのだろうか。邦人は扉を開けるとトイレに入った。
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