第4話 追想…ライオン狩りの記憶、経緯の把握


…小学6年生の邦人は祖父とアフリカのステップに居た。サヴァイバルの総仕上げにライオンを狩りに来たのだ。現地ポーターの1人が先行し、糞など痕跡を調べに行っている。


「さあ総仕上げだな。しかし本当にそれでいくのか?」

「うん。」


12歳で165cmと背丈は成人女性並みの邦人だが、常に鍛え続けている身体は脂肪を蓄えず体重は50kgぽっちだ。


ビッグゲームと呼ばれる猛獣用の猟銃は威力に比例して反動も凄い。今邦人が手にしている338レミンタンと言われる猟銃は、大の大人でも腕だけで撃てば肩の関節が外れ兼ねない反動が有る。


しっかり肩付けして撃っても余程の体格や筋力が無ければ鎖骨や関節骨折を起こす程で、スタンドを使う若しくはプロテクターを付けてやっと使う物だ。体が崩れるので連写は効かないが、その分ストッピングパワーは保証されている。


「僕はパニックを起こさない。それにお祖父ちゃんのバックアップを信じているから。」

「解った。」


15kg…バラストを付けた猟銃は体重の1/3にもなるが、邦人はそれを胸に保持したまま歩みを進める。警戒しながら100m程進むがポーターが戻って来ない…おかしい、ポーターのクアニが戻って来てターゲットの居場所へ案内する筈なのに…。


祖父も周囲のポーター達も異変を感じ取っている。皆一流のハンターなのだ。見通しの良いステップの障害は10m先の岩陰くらいしか無く、高身長で視力が20.0近くも有るポーター達が、昼間見落としをする事は有り得ない。


「……。」


先頭を歩いていた邦人は、前を見たまま片手で待てのハンドサインを出し、続けて戦闘準備のサインを出す。祖父と4名いるポーター達は、音を立てず荷物を置きそれぞれ猟銃や大口径ハンドガンを手にする。


岩に近過ぎる。

前方を見つめたまま邦人はバックの指示を出し、皆時折背後を振り返りながら、前を向いたまま下がっていく。100m以上は欲しい。ライオンは100mを5秒程で走る。50mなら2.5秒…有効な射撃姿勢を取るのに5秒は欲しい。


岩から70m程下がった地点で邦人は銃の安全装置を外し腰だめにする。他のメンバー達も外し、周囲には微かにカチャカチャ音がした。しかしこれだけの気配にもライオンは襲撃してこない。バックを継続する。


ライオンは、先頭かつ最も小柄な邦人に襲い掛かって来るのがこの場での常識だ。それを裏切るとすれば…黒革づくめでフルフェイスヘルメットの邦人を、正体不明として警戒した場合だろう。100mまで下がれたので、待てのハンドサインを出す。


皆が止まった中、邦人は一人下がり続けフォーメーションの中心にいる祖父の横に行った。ライオンが僅かな起伏に隠れ、密やかに回り込んでいる可能性が有る。


「全周囲警戒に変え、フォーメーションを拡げたい。」


頷く祖父に頷き返し、元の位置に戻りながらハンドサインでフォーメーションを円形に変える。それを拡げようとした時…。一頭の雄ライオンが岩陰から音も無く飛び出し、邦人達に向かって走って来た。


「前方!」

「「「了解!」」」


邦人はライフルのスタンドを起こし膝を付き、射撃姿勢を取りながら叫ぶ。一挙動2秒だ。周囲は、射線に味方が入らない位置に動きながら、射撃姿勢を取りバックアップする。


照星を覗く邦人は、直ぐに引き金を引きたくなる気持を抑える。確実な急所を射抜かねば銃弾の一発程度でライオンは停まらない。周囲が心配する程…もう2秒耐えて、邦人は引き金を絞った。


轟音と共に発射された銃弾は、肺と心臓が重なるラインを貫きライオンを一撃で絶命させた。ハート&ラングショットと呼ばれるクリティカルだ。ライオンはそれでも惰性で進み、邦人の手前3mの位置にズザーッと音を立てて横たわった。


「やったぞ!」


興奮を隠せない声で叫びながら、しかし邦人は廃莢装填しながら崩れた射撃姿勢を整える。右肩がドクンドクンするが構ってられない。ライオンは一頭とは限らないからだ。その右肩に、そうっと手が置かれた。


「もし次が来たら、私が撃つ。」


邦人は前方を見たまま頷いて、ポーター達にその旨を告げた。今度は大声でだ。祖父とポジションを変え警戒を続ける。


ポーターの一人が無線で呼び出した重機関銃付きジープ2台が来て、ようやく邦人は警戒を解く。その頃になって、肩のドクンドクンがズキンズキンした痛みに変わっていった。



「見事だった邦人。ライオンを仕留めた事ではない。早撃ちせず引きつけた事、仕留めた後にすぐ次の敵に備えた事が、だ。」

「ありがとうお祖父ちゃん。」


ヘルメットを取ろうとしたその時、門番の自我が外部刺激を感知したと告げて来た!


「もう行かなきゃ。お祖父ちゃん。」

「そうか…。やるべきをやれ邦人。」


このおかしな状況に、どうした?など言わない。崩れゆく意識の中で邦人は、それでこそ自分の憧れた祖父だと思った。


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チチチ、という鳥の囀りに邦人は目覚めた。風は収まり日が昇っている。追想している内に眠り込んでしまったようだが経緯は完璧に辿れた。祖父と挨拶を交わした後、自分はこの大地で目覚めたのだ。祖父の最後のメッセージが脳裏を過ぎる。


(…やるべきをやれ邦人。)


ヘルメットを外し兎皮の余り材で埃を払う。ジャケットも同様にした。周囲を確認すると、昨夜作った胃袋の小物入れが何処かに吹き飛んでいる。風船状だったので仕方ない。


「想定しておくべきだったな。」


棒に括り付けた二羽の兎はまだ生きていた。本来ストレスに弱い兎は自由を奪われるとすぐ死んでまう。軽い一酸化炭素中毒が、返って兎の感覚をボカしているのかも知れない。もし死んでいたら食べなかったろう。何にせよ朝メシが確保出来たのは良かった。


考えた末、石と蔦を1本残しヘルメットを被り、兎は左手にブラ下げる。右手は勿論杖だ。皮紐はポケットに捻じ込み兎の耳と余り材は腰クリップに引っ掛けた。その後邦人は、昨日の小湖に向かった。


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