第3話 追憶…VRゲーム Solid Standing Survivor とトラブル

邦人は、盛大に火を起こし喚きたくなる気持ちを歯を喰い縛って耐える。ヤケになっても仕方がない。


植生と生態系が見知ったものだったので、南仏か南米の高地辺りに居るものだとばかり思っていた。日本を除外したのは風景に見覚えが無かった為だ。そう言えばGPSが効かず飛翔体が全く見られなかった。無人島?


フル装備のまま身体を寝床に横たえ、バイザーは半開にして通気を確保した。これまで放置していた、ここに来た経緯を考察する事にする。


------------


全身筋肉刺激・完全介護体制付きのフルダイブVRMMORPG・SSS ( Solid Standing Survivor )は、その利用価格と環境に於いて一般人が利用できる物では無い。ゲームそのものは一般開放されているが、サーバーも違えばリアルさもインターフェイスも全く異なるのだ。邦人が選択した一年契約の費用は5000万円で、保証金は信託銀行に10億円だ。費用の5000万円だけだと住宅を担保に借りて参加する者が続出しかねない為、個人資産証明の保証金10億円が設定されたのだ。


優勝賞金は5億円で1名のみ、参加費の内500万円が掛け金だ。45億が運営組織の取り分となる。その他色々な企業広告や実験がスポンサードされ、4000億円…40億ドル程が運営組織の売上となるらしい。


リアル環境でのサヴァイバルと、VRならではのゴージャスなリゾート施設。美麗を極めたNPCは顧客が望めばどんなセクシャルサービスにも応じてくれる。宇宙ステーションでセクシャルな行為を楽しんでも問題無い。当初10億のNPC以外、全世界で100人しかプレイヤーはおらず、そしてそこは丸々地球をコピーしたVRワールド…である筈だった。


ゲームの主旨は隠れん坊と投票だ。

プレイヤーが他プレイヤーの存在を認知した場合、発見者は被発見者に投票出来る。要・不要をだ。


不要が10%、10票を超えた場合、そのプレイヤーはリゾート地に強制退場させられ、以後サヴァイバル参加は出来ない。逆に要が10%を超えると、このVR世界に新たな法則を加える権能が与えられる。


新法則が発動した場合、それは全プレイヤーに文字と音声によって平等に伝えられる。不利であれ有利であれ、その法則は全プレイヤー(時にNPCも含め)に適応される。


あらゆる兵器の利用、破壊行為や殺人すら自由。プレイヤー利点は、この擬似地球のあらゆる刑罰と疾病から免れると言うだけだ。


万一サヴァイバル・フィールドで死んだら、それも不要者と見做される。しかしプレイヤー間の直接行為、(PvP)による死亡はカウントされず、仕掛けた者は不要者となり退場。MPKの様に、プレイヤーと認識する者がいる勢力に間接攻撃を仕掛けても同様だ。


例えば、国を作り直接侵略戦争を指示して相手プレイヤーが死亡すればアウト。しかし作った国の部下や上司NPCが、自由意思で侵略戦争を行った結果ならセーフである。この辺の匙加減は管理者AIが判断する。例外は他のプレイヤーを使った間接攻撃だけだ。


勝利条件は、リアルで1年後迄に最も多くのプレイヤーを発見した者、または要の数が最も多い者だ。これらは全く別の成果と見做され、発見と要とは加算されない。不要者の他プレイヤーへの投票はキャンセルされるが、不要となる迄に発動された法則はキャンセルされない。


又、要・不要はいつでも何回でも投票し直す事が可能で、一方的に他プレーヤーを発見した方が安定していて勝利に近い。発見はプレイヤーネームなどは不必要。SSS管理AIを呼び出して報告し、プレイヤーだと確認するだけで成果となる。発見ミスはノーペナルティなので目につく人間を端から報告していっても結果は出るが、SSS管理を呼び出していると目立つので、この方法を取る者はまずいないだろう。


そしてリゾートでリアルと同じ時間が流れるが、サヴァイバルは100倍の速度だ。つまり参加者には100年の体験時間が有り、ユーラシアを歩いて横断したりゲーム内でNPCとの間に子や孫を為す事も可能。勿論いつでもリゾート地へ避難出来、リタイアしてリアルに戻る事も可能だ。リゾートからは任意の地点に出現出来る。


入退を繰り返しても構わないが、2/3の期間、リアルタイムで9ヶ月、サヴァイバルタイムで75年はフィールドに存在しないと評価対象外となる。フィールド残時間が75年を切ると強制リゾート行き、非参加者が参加者に情報を与えないようする為だ。


参加者の見分けは、加齢が極端に遅い事、特殊なスマホを携帯している事。破壊不能で給電不要、プレイヤーの周囲を絶対維持するこの特別なスマホが、ゲームのインターフェイスでありプレイヤーの証だ。


------------


高々5億円ぽっち…そんなものが欲しければリアルで奪えばよい。そう考えた邦人はリゾートに籠もっていた。AIに命じて個人用の鈴華サーキットを用意させ、古今の名レーサー達と現代のバイクでレコードを競い合っていた。


ある時思い付いて、シミュレーションのレーサーやピットスタッフは、全て色とりどりの全裸美女とさせる。


スリップストリームで張り付いた前を行くレーサーの裸の尻肉が、200km超の風に高速振動する様子がおかしくて、邦人はタイムが出なかった。笑い過ぎてコケそうになる。


美女達を侍らせたものの、女性に不自由した事がない邦人に取って、心の通わない異性との交渉などトイレに行く程度の関心しか無かった。ピットでスポーツドリンクを飲みながら、次は立川から三沢迄、戦闘機でタッチアンドゴーのレコードを…など考えていたら…。


------------


邦人は、消えかかっていた熾火に少々粗朶を加えると息を吹き掛け火勢を刺激する。熱と共に炎と灰が舞い上がって、熾火に加えた粗朶がゆるゆる燃え始めた。


------------


そうだ…段々思い出して来た。

あれはゲーム開始から数週間後、座っていたピットのベンチで突然全てが停止したのだ。


瞼も目も動かせず、動くのは思考のみ。それまで感じていた、汗も匂いもメット越しの呼吸音も痒みも…何もかもが喪失し、只ひたすら暗いピットから見た眩しいロードが見えるだけだった。


本来、眩しい風景を見続ければ目の奥が痛くなるものだが、それが感じられない。不快である筈の苦痛すら無いのが不快だった。五感の全ては時間経過によってもたらされていたんだ……つくづく認識させられた。


------------


パチン!と熾火の中の何かが音を立てて跳ね、それが邦人を現実?に引き戻す。急に色や匂い粗末な寝床の不快感が戻って来た様に感じられる。あの風景を思い出すと時間が停まった記憶に引き込まれ、見当識喪失しそうで危険だ。それ故、無意識に状況を憶い出さぬよう、心理防衛が働いていたのだろう…。


------------


最初はサーバートラブルがあったのだろうくらいに考えていた。次に怒りが押し寄せ、大金を払った客に何事かと息巻く。その内恐怖に駆られ運営に謝罪の言葉を……ここで邦人の内側の何かが目覚め、警告を発した。


これは極限状態に置かれた弱者の心理、狂気に精神を任せて楽になりたいと言う願望だ。散々色々な本から学んできた、極限状況者の心理プロセスを自分が辿るとは…。


邦人はサヴァイヴァーとしての自分に気持ちを切り替えて状況を整理し、原因を想定する。


・ゲームSSS (Solid Standing Survivor ) は一般枠はともかく、自分の参加する本戦は有力者本人かその子弟ばかり。これに問題が有れば、親族など利益共有者が放置を許さないだろう。


・運営会社 UDI (U-Dimensions International ) は 米国NOSDAQ上場を控え様々なメディアとコラボ、表向きは秘密の筈の本戦情報も無難な範囲で情報リークしていた。つまり世界中が注目しているので、サーバートラブル程度なら迅速に対応する筈だ。


・フルダイブVRシステムは非接触型のMRIと形状の似た装置で、脳神経にインタラクティブに干渉している。普及タイプで3重、SSSで採用されている高級では倍の6重セーフティが有る。仮に過電流や突然電源供給が遮断されても、UPS ( 無停電電源装置 )がそれを吸収し安全にシャットダウンされ、利用者はリアルで目覚める。


それ以前にSSSの完全介護体制は、建物自体に自動車のバッテリーと航空機のジェットタービンを用いた大型UPSが付いている。銀行やカード会社など金融機関のデータセンターと同じ仕組みだ。


ここに問題は無いだろう。


・時間経過。私達の脳波は電磁場で有るともされており、電磁場は光に等しい速さを持つとされている。普段、肉体を通じ外界刺激にクロックを合わせている思考は、制約が無ければ光速程で行われる可能性が有るのだ。


この状況に陥ってから長時間が過ぎたと主観しているが、現実世界では数秒程しか経過していないとも考えられる。


この場合は耐えて時間経過を待つしか無い。


------------


岩の隙間から、明るく巨大な満月が天頂に見える。地球では-12.7と等級記憶していたが-20はありそうな明るさだ。表面のクレーター等模様も記憶と異なる。


------------


邦人は現在の状況をサーバートラブルによるultreal エンジンの停止とする。そして感覚遮断…固定により、自身の思考速度が暴走…超高速化していると仮結論した。


うかとすると眼前の風景に引き込まれて、思考停止しそうになる。邦人は気力を振り絞り現況への対応手段を考える。


この仮定が正しければ肉体的な死の危険は無いだろう。ただ経過時間によっては精神的な死が起こり得る。そうなったら、身体を通じた外界刺激が戻った時でも主観がそれをキャッチ出来ず、リアルでは植物人間として過ごす事になるだろう。


それは現状に対する敗北だ。正直生死はどうでも良いが、敗北には耐えられない。



意図的に心理シェル・ファイヤーウォールを構築し、現在の自我や元の肉体感覚を堅持するべきだ。ヨガや瞑想の達人者が夢やイメージをコントロールする様に、意図して主観をコントロールするのだ。…難しいだろうが時間だけは有る筈だ。


邦人は並列して走るプログラムの様に、自我ルーチンを2つに別ける事に決めた。


一つは、

視聴覚、触覚、味覚等、五感を基に肉体全体の感覚を維持する自我だ。110個程度の骨に脳や神経や臓器が収まり、血管やリンパ管等を通す。筋肉と腱を各種皮膜や脂肪を配置して、最後に真皮と表皮を被せる。表皮に体毛を、頭部にも眉毛や睫毛、髭と頭髪を生やす。自身の背部イメージはほぼ無いので、雑誌などで見たスポーツアスリートのイメージで構成する。


構築した自身のイメージをフォトリアルな3DCGの様にあらゆる角度から眺め、不自然な細部を修正していく。歩きや走跳投打、ヨガやピラティスのポーズを憶い出し自身の肉体感覚の記憶と重ねて動かす。…爪を忘れていた。爪が無いと足や手が大地や物をしっかり掴めない。慌てて表皮を弄り爪を足す。


動作した際の筋肉や脂肪の動きを感覚と同期させ、見た目上の不自然な捩れを修正し、突っ張り感覚を思い出して皮膚の伸び縮みやシワを作る。イメージの比較対象は、オリンピックでTV放映された各種アスリート、格闘技TVの格闘者のスローモーション。医療番組のCGや図書。これまで邦人と共に熱い夜を過ごした女性達の肌のクローズアップ等だ。


脈動、呼吸、発声、飲食、消化吸収、排尿、排便。性器も使ってみる。一つ一つの動作に筋肉や血管、リンパ、内臓を意識し引き攣れが無く正常に動作する様イメージを整えた。


リアルではどれ位時間が経過したのだろう?主観ではここまでひと月程だ。視力に優れ写真の様に精密なイメージ記憶力を持つ邦人に取って、大まかなイメージ構築自体は3日程だった。これに感覚を同期して動作させるのに、時間が必要だったのだ。


しかし肉体が無いせいか睡眠欲求が来ない。睡眠が有れば時間経過を把握する指標になるのに…。


------------


大月の明るさの下、岩間から遠方迄を眺めるが夜行性の猛獣などの影や気配は無かった。しかし月が天頂に来た辺りで一旦収まっていた風が廟々と吹き出す。邦人は舌打ちして熾火を踏み消す。岩間は笛の様に風を拾い音を立て始めた。埃が舞うので邦人は半開にしていたバイザーを降ろした。


時折茅がザーッと波の様な音を立てる。猛獣が居たとして、この風では獲物の匂いから位置をキャッチ出来ないだろう。


------------


完成した感覚同期の全身イメージに、邦人は停止直前まで着ていた衣服を身に付けた。裸が無防備に感じられたのと、復帰は一旦VRで行われると考えたからだ。同じ衣服を纏っていた方が、より外界刺激に正確に把握出来るだろう。


二つ目の自我、シェル内。

ファイヤーウォールに構築した自身のイメージを、シェル内にコピーして感覚共有させる。繋がった2つのイメージの主観を任意に切り替えられるよう何度も繰り返す。一人は停止した空間を見張り、一人は任意のイメージ中を行動させるのだ。


心臓の鼓動や呼吸・瞬きなどを人は普段気にしないが、それは常に着実に行われ、意識を傾ければ主観的に制御出来る。不随意筋が有るので完全停止は出来ないが、心臓の鼓動…心拍数はある程度意識してコントロールが出来る(本当)。監視役の門番人格はその様なものだ。


そうしておいて邦人はシェル内で過去を精密に追体験する。

それは停止した時間に対する抵抗だ。また五感の記憶を揺り戻し、それを構築した身体にフィードバックし、脳波と再び肉体を使う時の誤差を埋めようとも考えたのだ。


フィードバックの結果は、先に創った門番人格に常に送られ、それにより二つのイメージは常に同期される。より正確な脳波と肉体の窓口が門番となる仕組みだ…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る