第2話 サヴァイヴァル…ここは地球ではない?

邦人がこの訳の分からない状況に対応出来ているのも、今は亡き偉大な祖父と過ごした時間のお陰だ。


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サーキットを借り切る財力が有りながら、高速道路で無謀な運転を好む。贅沢を愛し、同時に着の身着のままジャングルから生還するゲームを楽しむ…祖父はそんな男だった。


幼い邦人が吠え襲いかかった犬を石で撲殺した時、周囲の大人達が叱る中、祖父だけが邦人を部屋に呼び出し、その行動を肯定し褒めてくれた。


「ははは邦人やるな!お前に牙を剥く獣を倒す、それは正しい行いだ。この…弱者の理想郷みたいな国では否定されるだろうがな。」

「どこなら叱られないの?」

「私と…そんな世界を見てみるか?」


小学校は毎年半年間休学させ、祖父は邦人を世界中の極地に連れ回した。グァムで9mm拳銃の射撃練習をさせ、カナダで猟銃を使った鹿狩りをし、アマゾンでは洋弓とボウガンで猪を狩り、サハラではナイフ一本でのサヴァイバルを経験する。


「邦人ばっかり狡い!」

「そうよお義父さん、うちの邦久も…。」


豪華な海外旅行と勘違いした親族達は、ならばと同行を許せば皆一週間と保たず、祖父が衛星携帯で呼び出したヘリで観光地に向かう。見送りながら苦笑する祖父に邦人は言う。


「邦久達は何が不満なんだろう?」

「さあね。私と邦人だけが楽しいんじゃないか?」

「極限を生き延びる以上に楽しい事は無いのに…。」


各国を周りながら言語習得し、暇な時には学問も教わる。祖父は常に、邦人と大人の言葉で会話し決して子供扱いしなかった。小6まで連れ出してくれたが、祖父はそこから先は自得するよう邦人に言った。


それまでに邦人は、言語の他、生物、医学・疫学、冶金・鍛造、化学、物理・数学、情報通信、武術・体術、乗馬、操縦など、大卒並みの知識と軍に参加出来る程の体術スキルを吸収していた。全て極地で生き延びるのに必要だったからだ…。


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スマホの電源を落とししまう。サヴァイバルに慣れた邦人は常に心の何処かに警戒ルーチンを回しているが、腹が満ち寝床と火を確保して少しボーッとしていた。


大型獣は火などに留まりはしない。本来未知の土地で一番恐ろしいのは人間で、それを警戒するなら夜火は避けるべきだ。しかし近辺に人間が過ごした痕跡、焚火や石窯の跡が無いので今日のところは警戒に留める。邦人が気候温順にも拘らず火を焚いているのは、ブーツを乾かすのと灯り取り、少々燻して虫や小動物を避ける目的だ。


兎の毛皮表面をザッと炎で焦がし、石ナイフで不要な毛を刮げ落とす。ポケットナイフで手足の先を落としてそれぞれ縛る。そこで邦人は一旦作業を停めて考え…足元に転がっている二羽の縛られた兎を見て頷いた。


>皮ひもGET!


刃を引っ掛けて曲げないよう注意しながら、3cm幅と1cm幅の皮紐を合計10本程作った。皮袋は明日作成としたのだろう。次に胃袋と小腸を取り出す。まだ湿っておりそれ程硬くなっていない。


>小物入れGET!


胃袋を切り取り裏返すと、空気を入れて両端を縛り枕元に放り出す。小さいが、塩など粉材が入手出来た場合の容れ物用だ。


>加工弓弦GET!


次に細い小腸を、破れ目を作らぬよう慎重に小枝を使って裏返す。毛皮の余り材で丁寧に扱き、繊毛やこびり付いた内容物の残りを落とす。2m程のその先を輪にして杖の中程に結び、ラードを付けて捻りながら巻き付けていき、最後にまた縛って捻りを固定する。今は非常に脆いが、水分が揮発し油脂成分が硬化すれば、まぁまぁ使える筈だ。蔦の繊維から糸をよって組み合わせるのも良い。


革ブーツに手を入れそこそこ乾いた事を確認すると、革に兎ラードの残りを塗って滑らかさを保つ。それからインナーソールを戻し靴下と一緒に履く。


火搔き用の小枝で焚火を燠火に変え、ジャケットをジッパーもボタンも上まで留め上げ革グラブも付ける。投擲用の石を枕元に落としヘルメットを被ると、邦人は蔦を一巻き持って外に出た。放尿と天則が目的だ。


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岩から5m程離れ、まだ柔らかさの残る蔦を鞭にして周囲の草むらを叩く。ザッと小動物が去る気配がするが大きな動物の気配は無い。邦人は右手で蔦を肩口に構えたまま、心ゆくまで放尿した。


岩まで戻ると、岩上部に数度鞭をくれてやり、危険生物がいないか確認する。そうしておいて、岩を背にして大空を見上げる。ヘルメットのバイザーは解放した。


「ぐ…!? どこなんだ、ここは。」


北半球も南半球も知っている邦人だったが、星座はいずれの物でもない。その時、東と検討を付けた方角の空が若干白んだ。おかしい。まだ日が落ちてから5時間程だぞ?見守る邦人の前、地球のそれの1.5倍ほども有る、巨大な明るい月が姿を現した。


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