VR世界の野獣~ハードボイルドはファンタジー世界に通用するのか?

小藪夏人

第1話 伊達邦人、大地に降り立つ

灰色の空の下、黄色い茅草が生茂る大地には渺々と風が吹き、人が口から息を吹き出した様な音が幾つも響いていた。大きな暗灰色の岩が所々転がっており、たまに低木が生えている。その岩陰から一人の男が立ち上がった。近くの茂みから雉が飛び立とうとして強風に転がる。


黒革のライダースジャケットに黒革パンツの男は、やおら黒いフルフェイスヘルメットを脱ぎ左手に抱える。厚い革手袋を外しフックで腰に留め、ジャケットのボタンとジッパーを外すと白シャツに包まれた逞しい胸板が現れた。


風に向けたその若々しい顔は日本人だろうが、彫りが深く僅かに微笑を孕んでいた。身長185cmの堂々たる体躯は無駄肉が全く無い。髪を掻き分け暫く汗を乾かして満足したのか、男は胸元からスマートフォンを取り出し…眉根を寄せた。


「圏外。GPSも使えないとは…ここはどこだ?」


男の名前は伊達邦人。25歳を迎えたばかりだ。FXで仕手戦を繰り広げ大金をせしめる。司直の手は免れたが、連日報道され世界中に顔が売れ過ぎてしまった。全身筋肉刺激・完全介護体制付きのフルダイブVRMMORPGに1年潜ってほとぼりを冷ます予定だったのだが…。


立ち尽くし暫く周囲を見渡していた邦人はグラブを付け、低木の一つに寄ると腕ぐらいの枝に体重を掛け、何度も揺さぶりへし折る。更に枝を手で毟り折り、細い部分をへし折り160cm程の杖を作った。先端はバットのグリップ程だ。


>杖・棍棒GET!


片手で振り回しバランスを、次に何度か地面に打ち付け強度を確かめ頷く、納得いったようだ。ジャケットのジッパーを胸元まで上げ、今度は杖で茅を掻き分けながら大岩が崩れている方へ歩く。途中小さな蛇などが出て来たが、杖で叩くと逃げていった。


>投擲用石GET!


邦人は大岩の周辺で、大きな手に手頃な石を幾つも拾いヘルメットに入れた。常に吹いているらしい廟眇たる風にも負けない、大岩は丈夫で重かった。割れたのは隙間に入り込み成長した植物のお陰だろう。


>石ナイフGET!


そして邦人は30cm程の長さの石を拾っては大岩に叩き付ける。カキン、カキンと音をさせ幾度もそれを繰り返し、やがてナイフじみた石が2つ程出来、それはジャケットの左右のポケットに入れた。


>棒手裏剣GET!


大岩の裏手に回り込もうとして邦人は足を停める。石ナイフの失敗作が投擲に、棒手裏剣として役立つと気付いたのだ。試しに一本を大岩に投じると、それは岩を穿つ勢いでガキンと当たり砕けた。5本程を選び胴回りのベルトに刺した。


「やはり有ったな…。」


日照面である表に根の痕が付いていたので予想はしていたが、大岩裏側には丈夫そうな蔦が絡み付いていた。4、5mの岩なので蔦の根本はそれ程太くは無い。邦人は先程作った石ナイフを左右に動かし蔦の根を断ち切る。


>ロープ材GET!


根を切った蔦を慎重に岩から剥がしていく。葉を毟り取り使えそうなルートだけを残す。取り敢えず3m2本の蔦を丸めて肩がけした。


太陽の位置と植物の影から、邦人は今が昼過ぎであると判断している。まだ我慢出来るが、武装する作業で発汗し喉が渇いて来た。日暮れ前に水と安全に眠れる場所を確保せねばならない。


植生と湿度からして北方地域のどこかだろう。一つため息を付くと、邦人は南に向かって歩き始めた。南半球でなければ良いが。


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南に二時間程歩くと小湖が見つかった。通常の平地なら一時間に8kmは軽く踏破出来るが、不明地では猛獣などを警戒しつつ歩くので、二時間で10km進めたかどうかだろう。この辺は大分風が収まっていた。背後を振り返れば出発地点がまだ解る。


邦人は身を低くして慎重に小湖に近付いた。獣が水を飲みに来そうな泥地が剥き出しになっている所は避ける。杖で背の高い葦を掻き分けながら水場に近付くと、水鳥達がが一斉に飛び立った。鰐や大蛇に食い散らかされた水鳥の痕跡は無く、邦人はほっとした。


>水GET!


ジャケット、ヘルメット、杖、蔦を濡れない場所に置き、下着の白シャツを脱いで手に持つ。四つに折り畳んだシャツの繊維をフィルター代わりにして、綺麗な場所を選び水を飲んだ。虫や寄生虫を飲み込むリスクを下げる為だ。水は非常に旨く感じられ、邦人は直接飲みたくなる気持ちを理性で抑えた。


暫く取り憑かれた様に水を飲んで、やっと邦人は一息付けた。ジャケットを素肌に着込み蔦とヘルメットを手元に寄せ、杖先にシャツを絞って乾かしながら、沼周囲に寝床に相応しい場所が無いか探す。


落ち着いて見回せば、様々な昆虫が葦の間を飛んでいてヤブ蚊の群生も見える…水を飲みに来る獣目当てのブヨやダニもいるだろう。面倒だが1km程戻った岩の隙間が安心だと邦人は判断した。夕暮れ迄はもう少し時間がある。


邦人はまだ湿っているシャツを着込み、狩をしながら目的地に向かう。狙い目は鶉と兎…両方とも何とか杖で撲殺出来るからだ。足元に石を見つけると身を低くして茅の密集地の反対側に放り、杖を構えて待つ。


>肉GET!


鶉二羽と兎一羽が獲れた。一度太さ5cm程の蛇が向かって来たが、ジッとしてると攻撃せず横をすり抜けていった。獲物の血抜きをしていると、たちまち虫が集まってくる。邦人は寝床横で煮炊きをすると獣や虫を呼んでしまう事を思い出した。


>弓弦、荷物入れGET!


水場に引き返し、刃を傷めるのが嫌で温存していたポケットナイフで獲物を解体する。骨に注意して兎の皮を剥ぎ食用部位を包む。兎皮は後で容れ物として使うつもりだ。


鶉は単純に腸抜きで済ませた。鶉の内臓は捨てたが兎の内臓はよく洗って確保しておく。小腸をよって弓弦を作るつもりだからだ。胃袋は薄く小さいがこれも小物入れになる。


座るに程よい石の横に、枯れた葦を集め右の内ポケットからZIPPOを取り出して火を起こす。低木をへし折り薪にし、小枝の先に兎肉を刺し直火で焼いて食べる。鶉は羽を毟り水洗いしてから、焼いて鶏皮を味わった。


「全く味気ない…。」


脂の焼ける良い香りがするのに食すとサッパリし過ぎていて、邦人は無念そうな表情になる。塩が欲しくて堪らなかった。


薄暗くなった水辺で、せっかく乾いたシャツを使って再び水を飲む。今度は虫刺されを避けるため不快だが絞った濡れシャツをすぐに来た。…すると催して来た。


>トイレットペーパー?GET?


水飲み場から50m以上移動した水辺で腹を軽くし、臀部を水に浸けて洗い流す。切り落としておいた兎の耳で拭い、それは陸地に残置した。水の無い場所での用便を考えると兎の耳がもっといるな、と邦人は考えた。


火はすっかり消えていたが、泥炭層などで引火すると一帯が燃え続け自分に不利益だ。兎皮を水袋にして水をかけ消火を完璧にする。


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目的の岩場に戻った時にはすっかり夜だった。大岩の隙間は奥行き10m高さ6mはあり、入口付近が90cm程で最奥部で岩が接するV字型。丸い大岩が真ん中で二つに割れた物だった。邦人はギリギリ正体して入れるが、ピューマなど大型肉食獣は発達した頭部や肩が妨げとなって最奥迄は入れないだろう。横向きに狭い方へ進めばまず攻撃は届かない。現在まで大型肉食獣は見かけていないが念を入れておく。


鼠、虫、蛇、蜘蛛や蠍類が潜んでいる可能性があるので、その辺の枯れ茅と生枝葉を集め、岩間で火を起こし燻す。夜目にももうもうと煙が立ったがカビや湿気も吹き飛んで快適性が増すはずだ。


燻蒸消毒している間に、周囲を警戒しつつ、その辺の低木をへし折って岩間に投げ込んでいく。邦人は土の上に直接寝る趣味は無いので、燻して殺虫したら木と小枝をクッションにしてその上で眠るつもりだ。


>兎二羽GET!


20分程じっくり燻蒸している間に蛇が数匹逃げて行く。少し離れた場所からも煙が出ていた。薪の燃えさしを灯りに見にいくと、地中で繋がっていたであろう巣穴から兎が二匹ヨロヨロと這い出てきた。これ幸いと捕まえ、明日水辺で締めようと余り木に蔦で足を纏めて縛った。


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パチパチと生木が爆ぜながら燃える音がし火の粉が天に昇っていく。岩間の奥の方に小さな焚火を起こし、邦人は木枝で作った寝床に座り横の岩肌に体重を預けていた。手製の杖を体上斜めに岩間の奥に立て掛け、上部からイタチやクズリ等の外敵が襲ってきた場合に備えている。


足元には裏返した靴下と、やっと脱げた黒革ブーツがインナーソールも取り出して干してある。ふやけて油分を失っていた足は既に乾き、それに兎皮に残ったラードを石ナイフでこそげ取って手で薄く塗る。油分のガードを失った足を放置すると、真菌の繁殖を許し水虫に繋がるからだ。


邦人は右の胸ポケットからタバコパックを取り出し、慎重な手付きでトントン振動を与え、出てきた1本を摘み出す。焚火の隅で火を付けると慣れた手付きで深々と吸い込んだ。


「ゴフ!? …ゴホッ!…ッホ。」


口中に拡がるヤニが苦不味く、肺が煙を受付けず咳込んだ。同時に強烈なニコチンが体内を駆け巡りクラクラする。まるで初めて喫煙をした時のようだ。反射的に焚火の灯りで銘柄を確認する。


「ボロマル8mm…いつものだな。」


習慣的に2口目をいきたくなるのを意思の力で抑え込む。不味いと感じる物を摂取したがるなど麻薬中毒者ではないか?それに、どうせ後10本位しか無いのだ。人と出会った時の交渉材料等にするか…。邦人は火口をポケットナイフで綺麗に切り取り、タバコをパックに戻した。


ニコチンの中毒性について調べたくなりスマートフォンの事を思い出す。電源投入するが…やはりアンテナが一本も立たないしGPSも無反応だ。こうなるとスマホなど写真と計算、時間経過くらいしか役立たない。写真…邦人は大好きだった祖父と一緒に写した写真をスキャンしたものを探し出し、眺める。

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