第44話
「……」
「まずこのアパートは『志摩荘』って表示してあるんだけど、本当は『死魔荘』っていうんだ。そういってもわからないだろうけど、死魔っていうのは、簡単にいうと命を奪う魔物なんだ。ここは死魔に選ばれた者ばかりが住むアパートだ。ボクはその死魔の命を受けてここに集められた人間を管理している」
「じゃあ野田老人は井上さん、それとか花木のオバさんも死神に呼ばれたというのか?」
「ああそうだ。野田は脳溢血で井上は大腸がん、花木は心筋梗塞で西野は肝臓がん、それにあの若い女性は急性白血病で近々死ぬことになっている」
祐二は恬淡とした口調でしゃべる。耳に聞こえるひとつひとつの言葉を僕は信じられなかった、いや信じたくなかった。
「嘘だ。そんなこと信じられるか」
「そんなに信じられないのならそれでもいい」
「じゃあ、このアパートに住むオレはどうだというんだ」
僕はついつい語気が荒くなってしまう。
「兄さんが死ぬのは、交通事故だ。それはすでに決まっている」
「交通事故?」
「そう」
僕は弟の投げやりな応対に落胆しながら、「ひとつ訊いてもいいか?」と投げかける。
「答えられることであれば」
「死を先刻されたここの住人が、なぜあのお寺に集まっていたのかそれがオレには不可解でならない。だって誰が考えたってそうだろ? もう死ぬことがわかっているのになぜ黒装束で集会をしなければならないのだ」
「簡単なことさ。あれは、命乞いのための集会なのさ」
僕は祐二のいっていることがまったく理解できなかった。
「それってどういうこと?」
「人間みんな死にたくないと思っている。誰だって自分以外の人間を犠牲にして命が永らえるのであればそうしたいと思うのが普通だ」
「意味わかんねえし」
「つまり早い話が、兄さんの命を奪うことができたら、わずかながらも生きている時間が授かる――まあ交換条件といったところか」
「それでみんなこの指輪気にしていたのか……」
「ああ。彼らを管理するボクとしては、どうしてもその指輪が邪魔なんだ」
「ということは、ひょっとして以前この部屋に侵入したことが……」
「兄さんの推察するとおり、部屋に入って指輪を探したことがある。でも見つからなかった」
祐二は自分がしたことを隠そうとはしなかった。
「祐二、おまえはどうしても兄さんの命を奪いたいというのか?」
これ以上口論をしても埒が明かないと考えた僕は、窓際ににじり寄って思い切りカーテンを開けた。
だがそこには誰もいなかった。どうしても納得のいかない僕は、ガラス戸を全開にしてあたりを見回す。目を凝らすものの、そこにはただ真っ黒な闇があるだけだった。
僕はしばらく佇んでいまあったことを何度も思い返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます