第43話 13

 このところ少し疲れ気味だ。毎日同じことの繰り返しで、特別変わったことをしたわけでもない。考えてみると、肩から背中にかけてズンとした重みがのしかかっているようで、まるで外すことのできない鉛のコルセットをしているみたいだ。

 これまでにはなかったことだけに、どう対処していいのか見当がつかない。例えば肉体労働で疲れているのであれば、焼肉とかホルモン料理で精をつけるという昔ながらの対処方が定番なのだろうけれど、ところがこれはそんなのとは違う疲労感なのだ。悔しいかな自分自身躰を冷やしたほうがいいのか、暖めたほうがいいのかそれさえも判断つかない。

 そんな状態がしばらく続いたある日。

 いつものように最終電車でアパートに帰った。それこそなにもする気になれない。投げやりな気分で布団を敷き、冷蔵庫にあったミネラルウオーターをひと口飲んで布団に入った。

 ところが、疲れているはずなのになかなか眠ることができない。苛立つ気持をなだめるようにしたが一向に思うようにならない。しかたなく逆に大きく目を見開いて天井のシミを探してみる。灯りはないものの、色の濃さで位置はわかる。

 そのとき、庭先でこの前と同じ砂利を踏む音が聞こえた。錯覚ではない、はっきりと聞こえた。僕は次の音が聞こえるのをじっと待つ。だがなかなか聞こえてこない。

 やはり空耳だったのか……と思ったとき、硬い石を擦り合わす音がはっきりと聞こえた。

「誰だ!」

 僕は布団に入ったまま外に聞こえる声で訊いた。

 だが、いつまでたっても返事はなかった。臆病になっている僕は、外を確かめることなく眠りにつこうとした。すると、また同じ音が聞こえてきた。

「そこにいるのは誰だ!」

 布団から身を起こして強く拳を握った。

「ボクだよ、兄さん」

(まさか……)

 その声は弟の祐二の声に間違いなかった。

「ボクの声を忘れてしまったのかい?」

「弟の祐二なのか?」

 ガラス戸のすぐ向こうに立っている。黒い影の背中がカーテンに映っている。なにが起きているのかまったくわけがわからない。夢の中に身を置いているような錯覚が全身を包んでいる。事実を確かめるために布団から出てカーテンに手をかけようとしたとき、

「お願いだから開けないで欲しい。僕のこの姿を見られたくない」

 と、悲しそうな声を響かせた。

「もう一度訊く。祐二、本当にお前なのか?」

「そうだよ。弟の祐二だよ。きょうは兄さんに頼みがあって来た」

「頼み?」

「そう」

「なんだ、頼みって」

 僕はなにがどうなっているのかわからないまま会話をしている。

「じつは、兄さんがはめてるその龍の指輪をボクに返して欲しい」

「指輪? この指輪はおまえの形見としてはめている。いくらおまえのものであっても、いまはオレが大事にしているから、それはできない」

 これがなくなったら、順調にいっているいまの生活が崩壊しそうで怖かった。

「どうしても?」

 祐二の声が一段と低くなる。

「ああ、この指が切り落とされたとしてもオレは絶対に渡さない。なぜいまになっておまえはそんなことをいい出すんだ」

「兄さんはここがどんな場所なのかわかってないようだ」

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