第41話

 急な話に僕はどう返事をしたいいのか戸惑う。だがその時間帯であればこの店に迷惑をかけるようなこともないし、どうせ昼は時間をもてあましている。それに賄いがつけば、収入が増えてその上昼食代も浮く。断る理由などどこにもなかった。

「はあ」

「どうだ、行ってみないか? 嫌か?」

「いえ…」

「そうだよな、急に返事しろっていっても無理だよな。まあいい、一両日中に返事をくれればいい。それに、オレの顔を立てるとかそういうんじゃなくて、本当にキミが行きたいと思ったらいい返事をくれればいいんだよ」

 それを聞いた僕の心は弾んでいた。でもそういった飲食店ははじめてだったので内心不安がないといったら嘘になる。それがあって即答することができなかった。

「はい」

 僕はマスターの運転する助手席に坐りながら、手相を見ながら矢代さんがいっていた言葉を何度も反芻した。

(正直いって僕はあまり占いとか運勢とかをあまり信用しなかったのだが、矢代さんがいっていたのは本当なのかもしれない) 

 僕はもったいぶったわけではないが、2日後にOKの返事をマスターに伝えた。そのときのマスターはこれまでに見たことのない嬉しそうな顔だった。

 マスターはその場で先方に連絡をしてくれ、来週の月曜からその天麩羅屋に行くことが決まった。僕のほうも生活に余裕ができることに嬉しさを隠すことができなかった。

 

 天麩羅屋は店の名を「琴ぶき」といった。東京では珍しい関西料理の店だったが、素材を重視した薄味が好評で、ネットの評価が引き金となって繁昌するに至った。

 はじめて琴ぶきの店内で店長と面接したのだが、関西弁は西野ネエさんで聞き慣れていたので、それほどの違和感はなかった。

 店長は条件を述べたあと、明日から出て欲しいといわれた。

 僕はそれを聞いたとき、足先からじわりと熱いものがせりあがって来るのを覚えると同時に、いままで感じたことのない膂力の湧き上がって来るのがわかった。

「はい」

 僕は元気いっぱいの返事をすると、店長に頭をさげて店をあとにした。

 そして、夜になって「mudlark」に顔を出すなり、逐一をマスターに話した。するとマスターは自分のことのように喜んでくれた。僕は仕事が決まったことよりも、マスターの笑顔のほうが嬉しかった。

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