第40話
「いえ、きのうは休みだったのでずっと部屋にいましたよ」
「そうなんや。うちはまたおニイさんが夜遊びしに行ってたんかなぁと思て……」
「夜遊びなんてしませんよ。だってそんな余裕ないですも」
「おニイさんキャバレーって行ったことある?」
ネエさんは自分の仕事に誇りを持っているのか、話す言葉にこれまでにない強さがこもっていた。
「いえ、一度も……」
「うち新宿のキャバレーで働いてるんやけど、いっぺん店に来ィへん?」
「僕にはそんなお金ないです」
「ちゃうちゃう、そんな心配せんでええて。うち、おニイさんにさんざん世話になったから招待しようと思たんや」
「はあ」
いくら招待だとしても僕にはキャバレーなんてまったく縁がない。それに、うかれ街で身を流す自分の姿がまったく想像できなかった。
気のない返事に肩すかしを喰わされたネエさんは、それ以上なにもいわなかった。
月曜日になって、またいつもと同じ1週間がはじまる。10月の声を聞くころになって、日頃の生活もずいぶん楽になった。思えばここで生活するようになってすでに半年を越えた。いまのところなんとか滞りなく毎日を過ごしている……あの件さえなければ。
店に出ていつものように仕事をする。客はいつもと変わりがなく、淡々と時間が過ぎて行った。
いつものように店の片づけをすませて帰ろうとしたとき、突然マスターに呼び止められた。
「拓クン、ちょっといいかな?」
これまで帰り間際に話しかけられたことなど一度もなかった。
「はあ、でも終電が……」
僕はそのことばかりが頭にあって、マスターの都合など気にしていられなかった。
「電車は気にしなくていい。クルマで家まで送るから。それよりキミに話がある」
僕はマスターの言葉を聞いて、いよいよお払い箱になるのだと覚悟を決めた。
「じつは、僕の友人で明大前駅の近くで天麩羅屋をやっているのがいるんだけど、人手不足で誰かいないかという相談を受けたんだ。時間は10時から2時までの4時間と短いんだけどどうだろう。キミならまじめできちんとしてるからオレも薦めがいがある。まあ、キミの都合もあるからなんともいえないところだけど」
マスターは店の片隅のテーブルに僕を呼んで話した。
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