第39話 12
布団に横になっていたとき、ふと思いついたことがある。
必ず儀式を終えた彼らはふたたびこのアパートにもどって来るはずだ。ならばいつ帰って来るか確かめてみよう。
僕はこれまでのことを思い浮かべながら耳を澄まして待った。すると、しばらくして人の気配が大きくなった。急いでドアのところまで行って外の様子をうかがっていると、意外にも跫音が僕の部屋の前でぴたりと停まった。
(どうしたんだろう……)
誰かがこの部屋の前にいる。なんのために……ひょっとしたら先ほどのことがバレたのかもしれない。まだ動こうとしていない。こちらも動くことができない。もし物音を立てたらドアのこちらにいることが相手にわかってしまう。
こんくらべをするつもりで、目を瞑って左の耳に気持を集中させた。すると気配はコンクリートの擦れる音を残して遠ざかって行った。僕は急いで居間にもどり、今度は壁に耳を押しあてる。花木おばさんだったら帰って来た音がするはずだ。
だが、しばらく壁に耳をつけていたが静かなままだった。
(花木さんでないとしたら、あれは誰だったのだろう?)
僕は気味が悪くなり、戸締りを確認してそそくさと布団に入った。
ところが先ほど盗み見た光景が走馬灯のように目蓋の裏側に映り込む。払拭しようとすればするほど鮮明になった。
結局僕は空が白むまでずっと彼らのことを考えていた。
日曜日のお昼近くになって、ドアがノックされた。僕は最近その音に異常なくらい神経質になっている。この音を聞くと、心臓が握り緊められるくらい痛くなるのだ。
僕はすぐに返事をしなかった。だが、ドアはもう一度叩かれた。居留守を使おうとも思ったが、思い直してドアを開けた。
するとそこに立っていたのは、意外にも西野ネエさんだった。
「ごめんね、せっかくの休みなのに」
ネエさんは申し訳なさそうにすっぴんの顔でいう。
「どうかしました?」
僕はつい怪訝な顔つきになってしまった。
「頼みがあるんやけど……」
「なんでしょう?」
「パソコンのことなんやけどね。アマゾンっていうところでいい靴を見つけたんやけど、注文のしかたがわからへんのよ。悪いけど教えてくれへん?」
「そういうことですか。いいですよ。あんなの簡単にできますから」
僕はネエさんと一緒に2階に向かうと、ネエさんのかわりに欲しいという靴を注文してやった。どうせまたすぐに忘れてしまうだろうと思い、また広告の裏側にメモを残しておいた。
「いつもと同じだけど、かんにんしてな」
ネエさんはコーヒーを出してくれた。
「いつもいつもすいません」
「ええよ。こっちこそおニイさんに足向けて寝られへん」
「そんなこと……」
ネエさんにとったら手がつけられないくらい難しいことなのかもしれないが、僕にとってはどってことないことなのだ。
「ところで、いつも土曜は休みやって聞いてたけど、夜遅なって帰って来たんと違う?」
ネエさんは母親のような口調になっていた。
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