第38話
部屋の壁に背を向けて坐るひとつの黝い影、それを対称に3人ずつ計7人がなにやら話をしている姿があった。全員が黒装束を身にまとい、顔すら見せない。なにやら新興宗教の儀式のようでもあった。
4隅に置かれた燭台にのった百目ローソクの炎がやけに朱く耀いている。
中央に坐る首謀らしき者の前には和綴じの書物が置いてあった。そこになにが書かれてひどく気になった。
微動だにしない手前の影は、シルエットから推してあの3人に間違いない。だが、向こう側に坐る3人には心当たりがまったくない。体格からするとひとりは男で、あとは細身の女と肥満気味の中年の女だ。
ひょっとして、志摩荘に住む僕以外の住人ではないだろうか? そう考えると人数的にはつじつまがあう。
仮にそうだったとしたら、向こう側にいる男は、201号室の若い男ということになるではないか。僕が彼のことを訊いたとき、みんなは口をそろえてよく知らないといった。あれは僕に対しての虚偽行為だったのだろうか。
僕が知っている限りこの数ヶ月、月に一度ここで会合をしている。宗教的な色が濃いように思えるが、目的が判然としない。
まったく話し声が聞こえてこないのはなにか特殊な会話術を使っているのだろうか。影が映るのを忘れて僕はつい窓に顔を寄せてしまう。
そのとき、石畳を歩く跫音が聞こえた。だがそれはやがて砂利に変わった。
(――まずい、誰かがこちらに歩いて来る。気づかれたかもしれない)
僕は戸惑った。だがどこにも身を隠す場所がない。自然と躰が丸まり、ペン型ライトを握りしめたままその場に坐り込んでしまった。
(なんでこんな危険をかえりみずこんなことをしてしまったのだろう……)
後悔すると同時に腹を決めた。間違いなく罪を犯している。これは警察に突き出されたとしても文句をいえる立場にない。
ところが、いつまで経っても人の気配が感じられない。僕は丸めた躰を徐々に緩めて、怖かったがそっとうしろを振り返る。
誰もいなかった。ほっと胸をなでおろすと、これ以上探索するのを諦め、もと来たルートをなどって寺を出た。
急いでその場を離れたのだが、まだ心臓が早鐘を打っている。
アパートにもどってもしばらくは動機がおさまらなかった。
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