第34話

 矢代さんはマスターの倍くらいの時間をかけて僕の手相を見ている。

「キミはなかなかの強運を持ってるな」

「強運ですか?」

 そういわれてもすぐにはピンとこなかった。

「ああ、運の強い手相を持ってるから、多少のことではへこたれることはない。もしそんなことになっても、必ず誰かが助けてくれる。ちょっと左も見せてごらん」

「右と左ではどう違うんでしょう?」

「右は後天運といって、これから出会う人や自分の努力次第で変わる可能性がある運で、左手は先天運といって生まれながらに持ったもの――つまり性格とか才能とかが見える」

「そうなんですかぁ」

 僕はこれまで一度も手相というものを見てもらったことがないし、気にしたこともなかったので、両方の手のひらにそんな深い意味があることを知らなかった。

「キミはそんなに長くない昔に両親をなくしてるよな。さらに仲のよかった弟も事故で亡くしてるんと違うか?」

 矢代さんはチェイサーをぐいっと咽喉の奥に流し込んだ。

「そ、そんなことまでわかるんですか?」

 僕は背中に寒いものが走るのを覚えた。

「わかるよ」

「でも、確かに父と弟が亡くなったのは事実ですが、母親はまだ……」

「お母さんはまだ生きている?」

 矢代さんは首をひねりながらもう一度僕の手を取った。

「だがこの手相からすると、お母さんはすでに……ああ、でもこれはあくまでも占いなんだから、絶対にそうとはいえない。変なこといって悪かった」

 矢代さんは顔の前に右手のひらを立てて謝罪した。

「大丈夫です。気にしてませんから」

 矢代さんは自分の失言で居づらくなったのか、残りのウイスキーを飲み干すと、帽子をかぶり直して店を出て行った。

(母親がすでに死んでいる……)

 僕は信じられなかった。僕を捨てるようにして姿を消してしまったあの母が……。

 母に会ったらせめてひと言いいたかったことがある。だがいまとなっては消息を確認する術はない。

 片づけて店を出たとき、気がつくと胸のなかにあった痞えがなくなっていた。


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