第33話 10
ひと月後――。
金曜日だというのに、めずらしく店は9時を過ぎても客はまばらだった。
洗い物もすぐにすんでしまい、することがなくなってタンブラーを磨いていたとき、ひとりの常連客がひょっこり顔を見せた。
「いらっしゃい。矢代さん、きょうはえらく遅い時間ですね」
マスターが声をかける。
客は年配の男性で、いつも店に来るときはジャケットをはおり、中折れのシックな帽子をかぶっている。週に2回は店に顔を出す常連だ。必ずマッカランのロックを静かに2杯飲んで帰ってゆく。
「ちょっと友人と会ってね。いま別れてきたところだ」
「そうなんですか。飲み物はいつもと同じでよろしいですね?」
矢代さんはこくりと頷いたあと、胸のポケットからタバコを取り出した。
僕はすぐにガラスの灰皿を矢代さんの前に置いた。
すでにどこかで飲んできたらしく、いつもよりゆっくりしたペースでグラスを口にしている。
カランとグラスの氷がするのを耳にして、
「おかわり拵えますか?」
僕は笑顔でたずねる。
「ああ」
矢代さんはコースターごとグラスを指で押しすすめた。
2杯目を軽く口にしたあと、
「マスター、ちょっと手を見せてごらん」といった。
「……?」
マスターは突然のことに戸惑いを見せる。
「いいから見せてごらん。手相を見てやるから」
「えっ、矢代さん手相見るんですか?」
そういいながら、マスターはそっと右手を差し出した。
「どれどれ」 矢代さんは老眼鏡をかけ直しながら「うーん」と唸った。
「どうです、儲かりそうですか?」
「そうだなあ、可もなく不可もなく、まあまあといったところか」
「だめですか」
マスターは気落ちした声で矢代さんの顔を見た。
「だから、だめってことはないけど、よくもないといった手相だ」
僕がふたりのやり取りをだまって聞いていたとき、
「そっちの彼、確か拓クンていったよな」
突然矢代さんが声をかけてきた。
「はい」
「ついでにキミのも見てやろう」
「僕ですか?」
そういいながら矢代さんの前に進んだ。
「右手を出しなさい」
僕はいわれるまま手のひらを開く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます