第30話 9
人が通路を歩く気配に気づいて布団から起き上がったのは、夜中の12時を過ぎた頃だった。
(彼らは行動しはじめた――やはり思ったとおりこの日だった)
僕は跫音を忍ばせて玄関のところまで行き、そっと耳をドアに押しつける。話し声は聞こえないけれど、数人が歩く気配は間違いなく感じ取れた。
数分の間隔を置いて部屋のドアを閉めた僕は、用心しながら前の通りまで出ると、左右を見て人影を探した。
すると、左のほうつまり方角でいうと東の方向にゆっくりと歩く3つの黒い影を見止めた。そのなかにひとつ背の高い影がある。あれは野田老人に違いない。
僕は道の隅を躰を斜めにしながらあとをつけた。
どれくらい歩いたろう、3つの影が街灯の下を右に折れた。見失うことがないように早足になって追いかける。
僕は街灯の下まで行って首を伸ばして右のほうを覗き見るようにした。急いだおかげで離れていた距離がずいぶん縮まった。
(ここまで来て見つかったら元も子もない)
しばらく歩いたとき、突然3つの影が闇に呑み込まれるように消えてしまった。僕は、いますぐに追いかけたほうがいいのか、それとも同じペースで尾行したのがいいのか逡巡した。もし急いで追いかけて行って、彼らがもどって来たら釈明の余地がない。しかし、ここまで来て見失うのも癪な話だ。
僕は周囲に気を配りながら普通の歩速で歩くことにした。
(このスピードなら万が一鉢合わせするようなことがあっても言い訳が立つ)
そんなことを頭に置きつつ歩いて行くと、突然道路の左側にまわりの雰囲気とは違った場所に出くわした。そこはまったく灯りというものがなく、あるのは石垣に黒の板塀、そしてその向こうに覗かせる岩のように枝を伸ばした大きな木だった。
そこは古ぼけた寺だった。暗くてはっきりとは見えないが、ここから見るとその鬱蒼とした木々は、樹齢数10年といった菩提樹やクヌギ、それと赤い花をつける椿のようだ。
寺への入り口は、山門までには5段の石段があり、いまにも消え入りそうな門燈が気怠そうな光を放っている。そんなわずかな光を求めて、夏の虫が競うように集いていた。
山門の柱にかけられた黒ずんだ板には、『
(彼らは間違いなくこの寺に入って行った)
僕は山門の前に佇んで寺のなかに入るかどうか思慮をする。だが山門はぴたりと閉じられており、仮に入るとしたら門の脇にある潜り戸を開けて入るよりない。
ただの興味本意でついて来ただけで、そこまですることもないと考えた僕は、同じ道を引き返すことにした。
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