第29話
さらに1ヶ月が過ぎた。
最近では、僕が夜の仕事をしているからか、飲み会のお誘いがない。それに加えて、あれだけ頻繁に顔を覗かせていた花木おばさんもとんとご無沙汰している。気を遣わないだけ楽といえば楽だ。
ぎりぎりになって盆休みが8月の14日から17日までと決まった。
4日間ではあるが、土曜と日曜はもともと休日なので実質2日ということになる。どちらかといえば予定のない僕にとってはそのほうがありがたい。バイトなので休日が多くなればそれだけ収入が少なくなるからだ。
休みを利用して名古屋へ父と弟の墓参りにでも行こうかと思ったのだが、いまでは実家もないし、高校時代の同級生に会おうという気にもなれない。それに経費もかかるので今年はパスすることにした。
最近は志摩荘の誰とも顔を会わせてないのでなんともいえないが、あまり変化がないみたいだ。
木曜、金曜は駅前の喫茶店をぶらついたり、パチンコ屋に顔を出したりして冷房のきいた場所で時間を潰したのだが、さすが3日間連続となると財布の中身も気になってくる。
さすがに土曜日のきょうは、部屋でおとなしくしていることにした。
簡単に昼食をすませ、怠惰な気分で時間を過ごしていたとき、きょうが例の第3土曜日であることに気づいた。
(そうだ、これまで不可思議でならなかったことをきょうくらいは明かしたい)
その瞬間は事実解明について様々なことが頭のなかを錯綜したのだが、それもあまり長く続かなかった。身のやり場に思考が向いてしまい、真剣に考えることができなくなった。
最近退屈な時間があまりにも多いから、そろそろ中古のテレビでも買おうかと思うのだが、ひとつ問題があって、このアパートにはおそらく共聴アンテナなど設置されてないに違いないから。個別にアンテナを設置する必要がある。
(ほかの部屋はどうしているのだろう? まさかどの部屋もテレビもなしで過ごしていることはないだろう、一度訊いてみようか)
夕方になって部屋を出、あてもなくぶらぶらと散歩をする。まだ沈みきれない夕日が、あちこちに角張った影をいくつも拵えながら家路を急いでいるように見えた。
橋を渡って向こう岸を歩いてみようと思った……なんの目的もなしに。
橋の中央に佇む。川沿いに植えられたサクラの木から、なにか不満でもあるかのようなアブラ蝉の嗄れた声が喧しい。川面は西陽を嫌うように黝く色を失っていた。
その光景を眺めていると、なぜか自分の将来を見せられている気分になった。もう少し歩くつもりだったが、嫌気が差してしまい、そのまま踵を返して部屋にもどることにした。部屋のドアの前で来ると、蚊柱が渦を巻くように夏の宵を愉しいんでいた。
すぐに僕はガスレンジをひねって湯を沸かす。暑くて汗をかくのは承知の上で、インスタントラーメンを拵えるつもりだ。
やがてヤカンが咽喉を掻っ切られたような声で僕を呼んだ。いつも思うのだが、それにしても耳ざわりな音だ。
僕は半分ほど開けたカップ麺の容器へ慎重に熱湯を注ぐ。ピンピンと飛沫が飛び散るたびに身を縮める。意外と入るお湯の量に感心しながら蓋を閉めた。
パッケージに表示されている待ち時間を少し過ぎたところで蓋を開ける。白い湯気が顔面をめがけて立ち昇ってきた。思わず目を瞑った。
カップの中身をゆっくりとかき混ぜたあと、ふうふうと息を吹きかけながら麺を啜った。やはり代わり映えのしない味だ……そんなことを考えながらスープの1滴まできれいにさらえた。あとにはラードのギトギトした脂っぽさだけが残った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます