第24話 7

 結局、約束の10日を過ぎても本屋のバイトの返事はなかった。

(やはり思ったとおり家族欄のところで引っかかったに違いない。僕にはこの指輪の効力がなかったということか……)

 採用不採用の連絡をよこさなかったことに極めて腹が立ったが、もう結果が出てしまったことをとやかくいってもどうにもならない。どうせあいつらは僕たちをハエかゴキブリぐらいにしか思っていないんだろう。僕は頭を切り替え、前に進むことにした。

 そういえばきょうは土曜日なことを思い出した。きょうがだめなら諦めることにしよう。午後から203号室を訪ねてみることにした。

 カップラーメンで簡単に昼食をすませた僕は、1時過ぎに203号室をノックした。なかば諦めていたのだが、本心は在室であることを望んだ。

 二度目のノックをしたとき、ようやくなかから返事が聞こえた。

「すいません。僕、104号室の鈴置と申します。2週間ほど前にここに越して来たんですが、ご挨拶が遅れまして……」

「いえ、こちらこそ。ごていねいに、ありがとうございます」

 はじめて見る203号室の女性は、ブラウン系のショートカットで小柄。話し方も気取りというものがなく、好印象だった。

「これからもよろしくお願いいたします」

 正直なところもう少し話をしたかったが、長居は無用と思い、僕にとって最上級のていねいな言葉を残して辞去した。

 へんてこりんな住人である201号室はさておいて、ようやく気になっていた203号室に挨拶を終えたことでこのアパートの住人の仲間入りができた気がした。あとは仕事先さえ見つかればいうことはない。

 早いうちになんとかしなければ、と考えていた矢先、メールが届いた。急いで差出人を確かめると、このアパートを紹介してくれた山本クンからのメールだった。

 ※ 鈴置クン元気でやってますか?

 突然ですが、仕事は決まりましたか?

 僕の知り合いが渋谷で小さなバーをやっています。

 人手がなくて困っています。もしよかったらここへ連絡してください。

  090・6279・37**

 僕はメールを読み終えると、部屋の外に聞こえるくらいの声で、

「ヤッターァ」

 と叫んでしまった。

 善は急げということがあるので、さっそく僕は彼の教えてくれた電話番号にかけてみる。

 はやる気持を抑えながら相手が出るのを待つ。ところがなかなか電話がつながらない。だめか、と諦めかけたそのとき、電話の向こうで低い声がした。

 僕は事情を説明すると、先方は急に声のトーンを変え、条件を話してくれた。僕はそれを聞いてふたつ返事で承諾する。これを逃したら次いつ話があるかわからないからだ。気持がそれくらい追い詰められていた。

 条件は、月曜から金曜までの5日間で、時間は夜の7時半から12時半までの5時間。

 時間給は1200円――そんなに悪くはない――単純計算でいくとひと月12万になる。金額的には少し不足気味ではあるが、まったくないよりはいい。とりあえず月曜日に店へ顔を出すことになった。店の名は「mudlark」といって、どぶさらい人という意味らしい。

 胸のうちにあったモヤモヤが消え去り、これまでにない爽快な気分に喜びを隠しきれない。気持が明るくなると時間の経過が早く感じられるのは僕だけなのだろうか。

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