第22話

 さんざん考えた末、きょうだけは手ぶらで顔を出すことに決めた。ウイスキーはまた今度持って行くか、出かけたついでに買って届ければいい。

「すいません、いつもいつも」

 僕はまだ2回目の参加であるにもかかわらず、昔からの仲間であるかのような口ぶりで101号室に顔を覗かせる。

 坐る場所はいつも決まっているらしく、前回と同じ場所が空けられてあった。


 みんなが囲んでいる卓袱台の真ん中にはアルミの鍋が置かれてある。なかにはすでに白菜とネギ、それに木綿豆腐が踊りはじめていた。

「きょうは豆腐鍋ですか?」

 腰を降ろしながら僕は訊いた。

「そう。知り合いからたんと野菜をいただいたから、早いほうがいいと思って、そいで急遽飲み会が決まったの」

 花木さんは菜箸で鍋の面倒を見ながらいった。

「もう少しだな。それじゃあ、乾杯といこう」

 野田老人は嬉しそうな顔でみんなにビールを注ぎはじめた。

 乾杯のビールを飲み干したとき、僕は毎日宴会をしているような錯覚にとらわれた。

 心のどこかに疚しさがあることは否めない。だがこれも近所付き合いなのだから、と自分に言い聞かせた。

「さあ、もういいわよ。おニイちゃんなんか野菜不足の生活してんでしょ? 遠慮しないでしっかり食べなさい。おかわりはいくらでもあるんだから」

「はい」

 花木さんの言葉にふと母親の口調を思い出してしまった。

 野田老人も禿げ頭の井上さんも、花木さんがよそってくれた具を旨そうに啜っている。

 花木さんはもっぱらビールグラス片手に鍋奉行を務めている。

「おニイちゃんは仕事見つかったのかい?」

 井上さんが僕にビールを勧めながら訊いてきた。

「いえ、まだです。きょう1件面接してきたんですけど、結果が出るのは10日後だそうです」

「そうなんだ。だけどえらくゆっくりしてるなぁ。オレだったらその場で決めるぜ」

「なにいってんの、この子が行こうとしてるのは、あんたんとこみたいな小さな会社じゃないのよ」

「いってくれるねぇ、お嬢は」

「あのう、井上さんはなんの会社をやってみえたんですか?」

「しがない印刷会社さ」

「ほらごらん」

 花木さんはそういってから新しい野菜を鍋に追加した。

「そうかもしれんけど、面と向かっていわれるとオレのプライドが許さん」

「へえっ、あんたにもプライドってもんがあるんだ」と、花木さん。

「まあまあ、それぐらいにしておきなさいよ、ふたりとも」

 野田老人は適当なところで仲裁に入る。

 ひと息ついたところでみんなは焼酎に切り替えた。あいかわらず野田老人と花木さんは水割りを飲み、井上さんはロックを口にする。僕は先日のことがあるので薄い水割りをいただくことにした。

 豆腐と野菜だけだが結構おなかがいっぱいになってきた。みんなはすでに満腹状態なのか、鍋には手を出さず、しきりに焼酎のグラスを傾けている。

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