第19話

 ところがその半年後、予期せぬ出来事が起きた。

 夏休みで実家にもどった僕は、父親にクルマ借りて弟をドライブに誘った。行き先ははっきりとは決めてなかったが、涼しい場所を求めてクルマを走らせた。

 弟はまだ免許を持ってなかったため、ハンドルはもっぱら僕が握った。

 辿り着いたのは、ある山間の清冽な水の流れるキャンプ場だった。

 クルマを駐車場に停めた僕たちは、大きな石が無数に点在する川原に降りた。周りには夏休みを愉しむ家族づれが何組か水遊びをしている姿があった。

 川幅は20メートル以上あって、そこには川底の石がすべて見えるほどの水が滔々と流れていた。対岸は切り立った崖がそそり立ち、さながら以前見たことのある山水画のようだった。

 僕らははやる気持を抑えながら水際に向かうと、急いでスニーカーを脱ぎ捨てて、じゃぶじゃぶと川の中に入って行った。ひんやりとした感触が足首にまとわりつき、全身が一瞬にして風景のなかに呑み込まれてしまった。

 ふたりは自然と思い思いに時間を過ごすようになり、僕は大きな石に躰を投げ出しゆっくり日光浴をする。弟は自由な時間を愉しむかのように川原の探索をはじめた。

 山間とはいえ、真夏の陽射しは刺激的なものがあったが、川面を渡って来る涼やかな風が躰中を包んでくれた。僕はその心地よさについ居眠りをしてしまった。

 しばらくしたとき、あたりが異様に騒々しくなって目を醒ました。瞬間なにが起こっているのか頭が整理できなかった。

 ようやく理解できるようになって、みんなの集めている視線の先を見たとき、僕は一瞬自分の目を疑った。

 川の中央あたりで浮きつ沈みつしている弟の姿があったのだ。僕は慌てて川岸に駆け寄り、大きな声で弟の名前を呼んだ。

「祐二! ユウジ―ィ!」

 しかし名前を呼んだところでどうすることもできない。僕は大きな石を乗り越え、ゴロタ石につまずきながら川べりを走った。すると弟が突然見えなくなり、以来弟は川面には二度と姿を見せることはなかった。

「祐二! ユウジ―ィ!」

 僕は全身のちからが抜け落ちてしまい、その場にへたへたと坐り込んでしまった。

 結局、弟は数時間後に1キロ川下で溺死体となって発見された。

 僕はこれまでに経験したことのない責任感に苛まれ、悄然となりながらクルマにもどった。

 躰を投げ出すようにシートに身を沈め、深く目を瞑る。

 目蓋に浮かぶのは、川面から手を振って助けを求める必死の形相をした弟の姿だった。

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