第15話
ビーサンを脱いで部屋に上がると、いくら50過ぎとはいってもやはり女性は女性だと思った。僕の部屋とは雲泥の差だ。壁には明るい色が塗られ、カーテンは淡いピンク色で、床には薄ミドリの絨毯が敷かれてある。ここには僕とは縁遠い華やかさがというものがあった。
「ちょっと待っててくれへん、いまカップあっためてるさかい」
「かまいません」
窓の外には相変わらず洗濯ハンガーがせわしなくジルバを踊っている。
「それと、うち朝ごはんまだやねん。トースト焼くけど、あんたも食べる?」
女性はガスコンロに向かいながら首だけを向けて訊く。
「はい、いただきます。すいません」
「ええよ。ついでやからぜんぜんかまへんよ」
ややあって女性は2客のコーヒーカップを搬んで来た。そしてすぐに台所へとってかえすと、真ん中にまだバターの固まりが残っている焼きたてのトーストがのった皿を持って来てテーブルの中央に置いた。
「すいません、じつは僕起きたばかりで朝飯まだだったんです」
僕は熱いコーヒーをひと口啜ったあと、両手でカリカリに焼かれたトーストを大事そうに両手で口もとに搬んだ。バターの芳醇な香りが鼻腔を擽る。
「よかったらコーヒーのおかわりまだあるからね」
「はい。ところでおネエさんの名前をまだ聞いてないんですけど、教えていただけますか?」
僕は気になっていたことを思い切って口にした。
「西野っていうの。そういえばあたし、最近あんまし苗字いうたことないなぁ」
西野ネエさんはなにかを思い返すような仕草で天井に視線を移しながらいった。
「西野さんっていうんですね。あらためまして、僕は
「よろしくね。ところで、ほかの2階の住人には挨拶すんだの?」
「いえ二度ほど行ったんですけど、2部屋とも留守だったので、メモを添えて郵便受けに入れておきました。また今度廊下で会ったら挨拶するつもりです」
「うちはお隣りさんとはたまに顔を合わせたことがあるんやけど、201号さんとは夜遅くにちらっと見たくらいやから、顔ははっきりわからへん。あんたより2つ3つ若いんちゃうかなぁ」
「そうなんですか……」
その後、やはり誰もが僕がここにたどり着いた経緯に心底ではないだろうがなにかしらの興味を持たれた。隠す必要がない僕は、やはりきのう野田さんたちに話したのと同じようにこれまでのことを滔々と話した。
西野ネエさんは嫌な顔ひとつせず僕の話を最後まで耳を傾けてくれた。
「へえっ、そんなことがあってここに来たんや。みんないろいろと苦労してんねんな、感心するわ」
「鈴置クンはいまいくつ?」
西野ネエさんは花柄のシガレットケースからタバコを取り出しながら訊いた。
「27です」
「27かぁ、ええなぁ。うらやましいなぁ」
口をゆがめてふうっと煙りを吐き出した。
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