第11話
野田老人を見ると、僕の話などどうでもいいといった風で、半分居眠りをしているように見えた。
「そうですね、簡単にいうと、世の中の景気がわるくなって、これまで勤めていた会社が派遣ギリをしたために職がなくなったってところです」
「派遣ギリ?」
花木さんがタバコに火を点けるのをとめて訊く。
「なんだお嬢はそんなことも知らないのか? オレが教えてやるから、よおく聞いとくんだぞ」
「なによ、えらそうに」
野田老人は目を瞑って笑いながらふたりのやり取りを聞いているように見えた。
「素直じゃねえんだから、お嬢は。あのな、派遣っていうのは、企業が固定経費を削減するためにな、派遣会社を通して労働力を得るのさ」
「なんで人を雇ってるのに経費が削減されるのよ」
「バカだなあ、お嬢は。正社員として雇えば、給料はもちろんのこと、ボーナスや労働保険、さらには企業がいちばん煩わしく思う社会保険というものが必要になるんだよ」
井上さんは真面目な顔になって一生懸命説明している。
「ふうん」花木さんは唇をゆがめてタバコの煙りを吐き出した。「……んで?」
「だからぁ、派遣会社に契約した賃金だけ払えばいいんだから、企業としては経費の削減になるわけさ。それと、必要がなくなれば契約を解除すればいいだけだから、労働基準法的には問題なく労働者を減らすことができるの。さらにはその後労働力が必要になればまた契約をすればいいってこと、わかった」
そこまでいって井上さんはグラスに残っていたビールを一気に飲み干した。
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