0248 発掘

 それは、あの中華そば屋さんで出会った時は、とてもフランクなノリで気さくに話し掛けてくれた割に、かなりいかつい貫禄の持ち主のおじ様だった。

 

「えっと、彼らのこの後の身の振り方は、一応専門の相談先に、外国人技能実習機構や国際研修協力機構という公益財団法人がありますので、相談した上で受入企業との話し合いまたは母国へ帰る方法もあるかも知れません」――池浪は今年に入ってから、この類の社会問題に関する概要をめちゃめちゃ勉強している。

 

 ――その時だった。

「かぁーーっかっかっかっ」石工職人の大河さんが大笑いしている。そして厳ついおじ様も大河さんにつられて笑いながら言った。「大河、笑いすぎだ」

「おめぇらこのオッサンが誰か知っとるか?」大河さんはまだ笑っている。

 その二人以外、俺たちは全員が呆気あっけられキョトンとしていた。

「わしも昔、このオッサンにスカウトされそうになったんじゃ」

「スカウト?」たぶん全員がハモった。

 

「この人はな、親不知部屋おやしらずべやの親方、元関脇は佐武流山さぶりゅうやま関の親不知正蔵おやしらずしょうぞうさんじゃ。ちいたあ見たことがあるじゃろ」

 

 マジですかあああ?! 俺は心の底からビビった。元関脇力士の相撲部屋の親方さんだとは……、どうりで貫禄あるハズだ……。

 

「社長さん、この山降りたら俺とサシで相談に乗ってくれねえか?」

「は、はい…」

 親方さんのモノノケ社長への一言で、俺たち一同は下山することになった。

 

「あっ! そういえば! 今気が付きました!」

 池浪が叫んだ。全員が注目する。

「どうした?!池浪」

 俺は池浪に、岩肌(のような)カバーが装着されたスマホを渡しながら訊いた。

 

「だって、まるで鬼退治じゃないですか」

 

 なんじゃそりゃ??? 俺はその意味不明な発言が極めて池浪コイツらしいと感じながら反射的にツッコんだ。

 

「だってほら、もらった名刺を見ていて気付いたんです、総務部長が『吉田子』さん、社長が『飼洋次郎』さん、工場長の『庚和弘』さんの庚申こうしんは、干支のさるを示しますよね。ほらっ、桃太郎の鬼退治みたいじゃないですか!」

「おい待てっ! キジがいねえじゃねえかっ!」

 池浪のそのニヤケた口元がいささか鼻につく。

「いるじゃないですかあ、ねっ、嶋さん! ザンネン! キジじゃないですけど!」

「俺は何も退治しに来ちゃいねえぞ!」

 

「……そうですね、彼らもまったくなんかじゃありません。大男で、日に焼けた肌が赤くて、髪の毛が伸びていても……。むしろ本当に退治されるのは、真面目な外国の青年たちを丁稚奉公でっちぼうこうのように働かせた、あのあくどい商家しょうかの番頭です」

「その通りやな」

「それに……」

「ん?」

「鬼ヶ島伝説は、岡山っぽく思われますけど、香川県にある女木島めぎじまがそれらしいので、北木島じゃありませんし」

「そんなことはどうでもいい!」

 

 ――俺たちが秋葉山を下山した頃には、辺りはどっぷり暗くなっていた。寺の門前で池浪家のみんなが娘たちの帰りを待っていたようだった。俺は即座に池浪のお父さんに事の次第を詫びた。

「鳥嶋君、耀を守ってくれてありがとう」

「い、いえ……」

 耀さんに命を守られたのは、俺なんです! ……とは、さすがに言えなかった。

 そんな俺の困った顔に、薫さんが話を変えてくれた。

「今朝の空き巣はな、他県から島に来とった自転車乗りの若い男だったそうじゃ。ほんまにごうがわく話じゃけ」

 モンゴル青年たちじゃなくて良かった……。

「おめぇら、ぼっけぇえれかったじゃろぉ。今日は宿に帰って風呂入って飯食って寝ろ」

 俺は、お父さんの言葉に甘えるかどうかの前に、正直もうヘトヘトだった。

 

 先に風呂から戻っていた俺は、広間に行儀悪くも大の字になってしまっていた。

「あのモンゴルの青年たち……、このあと大丈夫やろか」ひとりつぶやく。

「大河が大丈夫やって言っとったわ」

「あっ!蛍さん!」俺は慌てて座り直す。

「あの親方『俺がこれまで何人のモンゴル人力士を世に送り出したと思ってる』って息巻いとったんじゃて。大河もえろう嬉しそうに言っとった。あと野菜泥棒の責任は、全部あの社長に取らせるそうじゃわ」

「そうなんですね……。あの親方さんは初めてお目にかかった時から只者じゃないと思ってたんです。でも良かった、あのモンゴル青年たち……もしも相撲部屋に入門できたら、今度は腹一杯ちゃんこ鍋が食べられるんだ」

「そうじゃねぇ……。鳥嶋さん、ウチには敬語じゃのぅてええよ」

「えっ……」

 ドキッとした……顔が赤くないだろうか心配になる。風呂上りだから目立たなければいいな。

「そ、そやな」

「あはははは、そりゃぁぎこちないでのぅ」

 その瞬間、アレを感じた……。

「…………」

 そう、その視線のレーザービームをやめてくれ。

「ああ、耀ちゃん。おけぇえり」

「でーこんてーてーてー」

 ……何がどないやねん。

「耀ちゃんでーこん食べんじゃろぉ。あははは」

 

 そして俺たちはやっとご飯をいただけることとなった。

「鳥嶋さん」

「ん?」

「お礼は?」

「何の?」

「もう少しで死ぬところでしたよね」

「あっ! あの、本当に、心から、マジで……、ホンマ助かったわ、ありがとうな。ホンマに命の恩人やわ」

「くくくっ……」

「なんやねん」

「よく反応しましたね。私もつい岡山弁で叫んじゃって」

「ああ、『あだくれるぞ』やろ。体が勝手に反応した。予習してたからやろ」

「そうですね」

「あの時、どうなって失踪したんや」

「遠くのズーム写真を撮ってたら、人影が写りました。瞬間的に追わなければ見失うと巨岩から飛び降りた時には、たぶん手にスマホはなかったのだと思います」

「さらわれたんじゃなかったのか……」

「すみませんでした」

「いやでもな池浪、あの社長が、俺を突き落とそうとした瞬間の顔、マジで物の怪モノノケじみた人間の顔やなかったわ」

「人間が人間を殺す瞬間の顔なんて、そうそう見れるものじゃありませんよ。だってその場合、ほぼほぼ殺されちゃってますからね」

「おい、マジで怖いからやめてくれ」

 

 その晩、怖くてトイレに行けなかったことは誰にも言っていない。

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