0246 反射

 俺の心臓の鼓動が全身に響いている。池浪のスマホを握る手にどうしても力が入ってしまっていた。だが、いつでもあの人たちに出会っていいように平静は保っていよう。ただ意識は左耳にすべて集中だ。

 

「あの魚介食品加工会社には、今年のはじめからが何人か働き始めていたらしんじゃけど、あんたら工場で見た?」

「いいえ」

「やっぱり……。その外国人技能実習生たちの姿を、ここしばらく見ないって、すぐ近くの商店のご主人が教えてくれたんじゃ」

「マジかよ……」

「その商店には必ず日曜日になると、その青年たちが必ず買い物に来てたんじゃて。島の人間も、外国人らしき若者たちを見かけたことはあるんじゃけど、寝泊まりは工場の敷地内にある寮だったそうで、ほとんど島内では工場の従業員と、一部の島民としか接しとらんかった」

「国籍は?」

 

「モンゴルじゃて。しかもそのうちの一人は、身長2メートルの大男じゃて聞いた」

 

 それだ……。俺はこんな時に思いも寄らぬタイミングで目的の事実にたどり着いた。すべてが繋がったと思った。

「蛍さん、ありがとうございます。注意しながら、まずは耀さんを見つけ出します」

「私らも秋葉山に行くんで待っとって」

 俺は電話を切った。ここからは俺自身の行動が運命を分ける。俺は軽自動車ほどの岩の上に立ち、その先の斜面を見渡すが何も見当たらない。

 あの会社には外国人労働者がいたのか……。そしていなくなった。山に逃げ込んだのかな……。それなら野菜を盗んで寺の住職に目撃されても説明がつくか。

 だとすると、あの人たちってこんなとこで俺たち余所者よそものの手伝いしてる場合じゃないんじゃ……。

 

「!!!」

 

 ヤバい……。おいマジか。アイツら自分とこの外国人労働者が、この山に逃げ込んでいるかも知れんと踏んであえて協力してる?

 いや待て……。最悪だ。俺たち雑誌の記者だって名乗っちまってるぞ……。もしあの会社が外国人労働者たちが逃げたことを、もみ消そうととでもしているとしたら……。

 強めのぬるい春の風が、俺の背後から耳元で音をさせて黒い木々の葉をざわつかせた。

 

 ――アイツらは俺たちが邪魔なんだ……まさか池浪はアイツらに……。

 

 

 

「鳥嶋ああっ! あだくれっぞおおっ!」

 

 

 

 池浪の声だった。

 そう〈あだくれる=倒れる〉だ。

 俺の身体は反射的に自然と危険回避の動作になり、瞬間的に背後を振り返りつつ何かを払いのけた。

 

 そこには、息が掛かるほどの近い距離でが俺の背後に立っていた。ただ俺の目に映るその姿は、ではなく物の怪モノノケの類にさえ見えた。

「うわああああ!」俺はおそおののき、その岩の上から地面へ転げるように逃げた。

「何なんだ!あんたは!」

 物の怪の正体は、あの会社の社長だった。女管理職と工場長が下の岩陰からこっちを見ている。

「チッ……、ヤリ損ねた……」

 たしかにそう言った。戦慄が俺の全身を走る。俺はあと少しで山の斜面に突き落とされてられる所だったんだ……。

 

「鳥嶋さん!」

 池浪が駆け寄って来た。俺の腹の中から胸に何かがこみ上げて泣きそうになった。

「池浪、大丈夫か?!」

「大丈夫です。すみません、突然いなくなって……」

「!!!」

 そして池浪の背後から現れたのは、4人の男だった。そして、その一人の大男の身長は、2メートルほどありそうだった。

「お、おい……、池浪、その人たちって……」

「魚介食品加工工場に、外国人技能実習生として働いていた、モンゴル出身の青年たちです」

 

「こんのやろおおお! おめえらあああ!」俺を殺そうとした社長は、その青年たちに襲い掛かろうと突進した。だがそれは一瞬のうちにられた。

「やめてください、社長」

 物の怪の突進を軽々とあっさりと止めたのは、大男のモンゴル青年だった。

「そうです。もう、やめてください。社長さん……、もう人を傷つけるのはやめてください」

 池浪が静かに語り出した。凛とした彼女の姿は、まったく物怖じせず堂々としていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る