0244 探索

「おいおい、マジで言ってんのか?」

 俺たちは、魚介食品加工場を出た先の、なんともレトロでお洒落な郵便局の前で、業務連絡を交わす。

「すみません。相談せずに言ってみました」

「言ってみました。って……」

「このままじゃ、どうしてもスッキリしないんです」

「何がやねん」

「住職が目撃して写メった巨人、遠かったとはいえ島の住人でないことは明らかです。そして巨人は山中へ逃げて行った。島の住人でない巨人が、公共の船を使って島外へ出るのは目立たないわけがない……。巨人はまだ島内の山中にいるはずです」

「だからといって、島内に山はいくつもある。俺たちが山に少し入って手掛かりを掴めるほど簡単やない、と俺は思う」

「…………」

 池浪は少し黙って山を見上げた。山から吹き下ろす風が、微かにどこかの野焼きの煙の臭いを運んできたような気がした。

「秋葉山は、島の子どもなら必ず登ったことがある山なんです。鳥嶋さん、お願いします。一緒に来て」

 まったく面倒なことに巻き込まれちまった。俺はあごを掻きながら目を細めた。

「わかったよ」

 

 笠岡の十名山、秋葉山への登山口。それは巨人を目撃した住職のお寺の門前だった。

「山頂までは30~40分ほどのイージーな山です」

 なんでこうも山を登るシチュエーションに恵まれているんだろうな……と俺は、去年の夏の終わりを思い出していた。

「でも目的がピークハントじゃねえのが面倒やわ」

 何かの石碑を横目に、俺はブツブツ言いながら山に入った。

『アキバ山ウラミチ』とデケエ丸岩に彫られている。まるで秋葉原の裏道みたいだが、標識を見ると、本当に裏参道ならしい。

「鳥嶋さん、あそこに公共に貸し出してる『杖』がありましたよ」池浪が来た道を指す。

「いや、戻りたくない……」俺は遠慮した。

「秋葉山には三十三観音様が祀られているんです」

「ふぅーん……」

 お地蔵さんかと思ったが、たしかに観音様だった。でもまだ二体しかお会いしてない。さっきから池浪は、自分のスマホで頻繁に写真撮影している。

「人が通った形跡はあるみたいだな」

「観光客の登山ファンも訪れるので、登山道はあまり手掛かりの期待は薄そうですね」

 整備はされた道ではあるが、鬱葱うっそうとした茂みの中を歩いている感覚は常にある。しばらくしてまた会うことができた観音様に祈りを伝え、少し進む。そこに現れた標識には『奥の院入口』と書かれていた。

「もはや巨岩がいたるところに点在してるのは、いたって自然やわ」

「手掛かり……ないなあ」

 写真を撮りながら池浪が言った。

「めずらしく弱気やな」

「…………」

「どした?」

「私はそんなに強くありません。……そのことはもう鳥嶋さんには随分とバレちゃってるとは思いますが」

 俺は思い出していた。強い池浪と弱い池浪、どちらもコイツの素の姿だ。それに、どちらもちゃんと認めてる。

「知ってるよ」

 

 俺の腕時計はもう少しで15時を差そうとしていた。

「秋葉山じゃ、なかったかなあ……」

「どういう意味や?」

「今、思い出したんです。この東の隣に八幡山って山があって、その山頂にある巨大なは子宝、安産祈願、婦人病息災と大変御利益のある最強のパワーストーンだったハズなんです」

「ていうか、そこにビッグフットはおらんやろ」

 とにかく山中の巨岩はその迫力に圧倒される。デカイというレベルじゃなく、船舶一隻がそこに横たわっているくらいのインパクトだ。池浪はその巨岩に登って、いつの間にか座っていた。

「少し休憩しましょう」

「そうやな」

 序盤に手に入れるべき重要アイテム『貸し出し杖』を取り損ねた俺は、池浪に後悔の念を告げる。

「俺ちょっと、あそこの観音様の辺りに落ちてた竹棒を拾ってきて杖にしようかと思うんだが……」

「素直でよろしい、なんじのあるべき姿に戻れ」

「なんやねん」

 俺は、少し降りた所の観音様の足元で目に付いた竹棒を拝借した。二本あるとめちゃくちゃ歩きやすく、トレッキングポールを得た気分だった。

「池浪! 見てくれこのトレッキングポール!」

 

 池浪の姿はその場から消えていた。

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