0242 心配
酒の強さにはそこそこ自信があった俺も、今日の相手が島の男たちだったことを忘れていた。片付けくらい手伝わなくては、と身を乗り出した俺だったが、長慶さんに「無理せんで、せわーねー」と優しく
俺は外の空気に少し当たろうと、千鳥足で中庭に出た。夜風が俺の顔に当たって庭の広葉樹の葉を揺らす音がした。酔い覚ましにはちょうどいい風だ…。そう思い、庭の隅に置かれた資材に少し腰を下ろそうとした。
「あだくれるぞー」
池浪の声だった。俺は
「あだくれる?」
「ああ、すみません。そこ、座ったら後ろにあるのぼり旗が倒れると思ったので」
「倒れるぞーってことか?」
「そうです」
やけに『あだくれる』が耳に残った。飲んだくれる男があだくれる…今の自分だ。
「鳥嶋さん、父ちゃんに付き合ってくれてありがとうございました」
「いやいや、めちゃくちゃ美味い料理と酒だったよ」
「それに私が活躍してるって言ってもらって助かりました。父ちゃん、心配性で…」
「ああ、大切な末っ娘だからな」それにお世辞じゃねえしな…、って言うのはやめておく。
「明日は、巨人の目撃情報少し聞いてまわりますか?」
「ああ、そうやな。でも、家族に言わなくていいのか? 島に来た本来の目的……」
「ビッグフット…だなんて、心配は掛けたくないんです」
「そうやな。まあ、ちゃちゃっと話だけ聞いて回って、ちょちょっと写真なんか撮って帰ろうや」
「ありがとうございます」
中庭から戻り、池浪が案内してくれた、俺に用意された部屋は二階の角部屋だった。やはり、なんとも優遇されている。
「おやすみなさい」
「おーサンキュー。おやすみー」
ひとりになった俺は、今日の出来事をすべて思い返す前にいつの間にか寝てしまったようだった。
しかし、あっという間に朝は来る。
鳥のさえずり……。違う。
目覚まし時計の音……。いや違う。
なんの音だろう……。
――島の朝はいつもけたたましくやって来る……。そんなわけはない。なのに何だろう、旅館の外の猛烈な騒がしさに俺は、強制的に目を覚まされた。
「やべえ、頭いてえ」
パトカーだな……。マジか!パトカーだと?!どーゆーこと?!
急いで支度を整え下の階に下りる。すると池浪家の全員が玄関先に集まっていた。
「空き巣だそうじゃ」長慶さんが教えてくれた。
「いつですか?」
「いつ入ったか、まだわからんのじゃて。何日か笠岡行って家空けとったみたいじゃ」
おいおい、マジかよ。やめてくれ、まさか巨人の仕業じゃねえやろうな。と、心の中で叫びつつ池浪と目が合った。
池浪が
「あれも巨人の仕業なんやろか……」
俺たちは朝ごはんも早々に、島へ出た。
「野菜も、空き巣も、どれも巨人の仕業と決まっていません」
「まあな。じゃあ三ヵ所の山の麓を中心に島民とオシャベリしてみっか」
「そうしましょう」
昨日は夕陽を眺めたところ近くに、牡蠣の出荷工場があった。
「見学できるみたいです」
その牡蠣工場は、養殖牡蠣をブランディングし全国に出荷している会社だった。漁師風のどっしりした社長さん自ら、そのことを熱く語ってくれた。
「工場には従業員の方々が多くいらっしゃいますが、最近になって島民でない怪しい人物を見掛けた噂などありませんか?」
「今朝、空き巣があったんじゃて? でもそんな話は聞かんなあ。おめぇら焼き牡蠣食べるか?」
「えっ?!マジっすか」
俺たちは獲れたての生牡蠣をその場で焼いていただけた。言うまでもなく最高だった。
「ありがとうございました」感謝を告げ工場を後にする。
「社長さんの名刺もらった?」
「はい、
「はいオッケー!」
次に訪れた場所は、昔は映画館だった古い劇場だった。
「今は、島の歴史を映像で見られたり、レトロ空間でカフェも楽しめます」
「島民の憩いの場だったりするんかな」
池浪はカフェの女性従業員さんに話を聞いた。マッチ棒のように細い人だ。
「こちらを利用するお客さんで、島民でない怪しい人の噂など聞かれたことは?」
「まあ、少ねぇけど観光客も来るけぇなぁ……、わからんね。よかったらこれどうぞ」
それは手作りの焼き菓子だった。しっとりレモン風味が心温まる。
「ありがとうございました」
「島の人、めっちゃイイ人たちばかりやな」
「えっと、女性スタッフさんにいただいた名刺は、
「よし次いこー!」
俺たちは次に訪れたNPO法人で、ついに巨人の噂を耳にすることとなった。
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