0241 猫目
「は、はい。そうですが……」
あなたはどなたですか? とは何とも聞きにくい……。
「あー!
出現したのは池浪だった。
「
「ああ、
「あ、あの……」
早く知りたい!
「私たち、三姉妹なんです」
そんな、まさか…。池浪が三姉妹の末っ子? そう言われると思いのほかしっくりくる。ということは、
キャッツアイ! としか言いようがない三姉妹だ!
俺はすこぶる冷静を装い、自己紹介をした。
「はじめまして、那珂文舎の鳥嶋蓮角です」
そして
「
「いえ、そんなことありません」
――なんや、どうしたって言うんや。なんやこの美女は…。もちろん薫さんも素敵な方だ。だがしかし、蛍さんは…美しすぎる。
これはもう完全に一目惚れや。
「…………」
――その時やけに鋭い視線を感じた。俺の後頭部に突き刺さって前額部から突き抜けるような視線……。
「…………」
「あ、耀さん……。どうかしたかな?」
「いいえ、別に……」
突き刺さる視線の発信源は池浪だった。その瞳術はまるで俺の心の中までも読み取っているかのような目だった。
「ならいいんだが……。お姉さんが俺と同い年って……」
「蛍ちゃんの方です」
「はい…」
「あー、蛍ちゃん丁場で
「そうなんかー、ちゃんと働いとった?」
「どうじゃろうか」
「あははは」
家族と一緒の池浪は、東京で見せる笑顔とはまた別の、自然体の顔をしていた。
「蛍ちゃん、子ども達はどうなんか」
「どいつもこいつも、てにあわんやつらばっかじゃ」
「鳥嶋さん、蛍ちゃんは小学校の先生なんです」
「へええー、そうなんですねー」
――こんな先生なら六年間とも皆勤賞は間違いなしやな。
案内された広間は20~30畳ほどの広さの和室だった。何となくモダンな造りに、味のある色になった太い柱が
「この写真は……」
「母です。母も小学校の教師でした」
蛍さんがそう言って教えてくれた、生徒たちと一緒の写真のお母さんは、蛍さんがお母さんソックリだという事実も教えてくれた。
「耀ちゃん、どこ行っとったんか」
「仏壇参ってお母さんにこれ見せてきた」
そう言って池浪が手に持っていたものは『那珂文舎賞』受賞ブロンズ像と盾だった。
「おおー! これが耀の手柄なんかー!」
「父ちゃん、すげぇじゃろぉ」
俺が言うのも何だが、今回の受賞はマジですげえと思った。池浪は本当に書き終えるまで頑張ったと思う。
「鳥嶋さん、お母さんの写真、蛍ちゃんソックリでしょ」
「ああ、そうだな……ん?」
「このパープルのネクタイ……」
「あはは、そうです。授賞式に締めていたのはお母さんにもらったネクタイでした」
壇上でちゃんと一番にお母さんに見せてたんだな。そう心の中で
「さあ出来上がったよ、みんなで食べようやー」
料理長の
「さあ、鳥嶋君! 飲もうや!」
お父さんは嬉しそうやった。娘の単なる会社の先輩でも、喜んでもらえるならいくらでもお付き合いしましょう、とばかりに乾杯の音を響かせた。
「ヨシ兄、今日のお料理は?」
「おうっ、今日は、牡蠣のポン酢和えにじゃこ天、カツオのタタキに西京焼き、ばらずしにかに汁じゃ!どーでぃ!」
「もうサイコーじゃて」
そういえば、新橋で池浪と飲んだ時も、たしかにこんな感じだったな。俺はつい去年の秋のことがもう何年も前のことのように感じていた。
「鳥嶋君、耀は東京でしっかりやっとるかのう」
「ご心配なさらなくても、耀さんが獲ったこの賞は、大ベテランの書き手でも一生のうちに獲れないほどの凄いタイトルなんです。まさにこのことが東京での耀さんの活躍を表していますよ」
「そーなんかー、嬉しいのう」
「お父さん耀が可愛うて仕方ねえもんなー」薫さんが茶化す。
「しゃしゃんじゃねぇ」
「ほんとのことじゃて」蛍さんも
「耀は上の二人がやかましーなってから産まれた可愛ええ
「父ちゃん、もうやめんせー」池浪の顔が赤いのは酒のせいではないようだ。
「耀ちゃんが東京いく言うたときは火山爆発やったなー」蛍さんが笑う。
「蛍が広島の大学いく言うたときも大地震やったじゃろ」薫さんが重ねて笑う。
「鳥嶋君、どうか耀を頼む」
お父さんの気持ちがガツンと腹にキタのを感じた。俺は男らしく返す。
「ええ、わかりました」
この家族が強い絆で結ばれていることを感じた。末っ子の池浪がどんな風に可愛がられて育ったのかも、何ら想像するに難くないことだった。
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