0238 魅力

「この北木島きたぎしまは『石の島』として古くから栄えてきました。とても良質な花崗岩かこうがんが産出されるこの島の『北木石きたぎいし』はブランド石として有名で、古くは大阪城の石垣、明治建築の日本銀行、東京駅の駅舎など国宝級の石造建築に使われてきたことで、その名を世に知らしめました」

 そう言って池浪は新幹線から手に持っていた、石垣の欠片かけらのような石『北木石』を頭上にかざして見せた。

「ま、まったく知らんかったわ……、大阪城なんて何度も行っておきながら……」

「ちなみに、日本銀行本店は花崗岩と安山岩、東京駅は稲田石、大阪城の石垣の巨石群は、誰もが知る石垣ですが、その花崗岩の巨石は、江戸城なんかとは比べ物にならない良質で巨大な花崗岩です。大阪城の建築を担当した備中国の倉敷代官所の大名たちにとって、北木島の職人たちは自慢の石工集団だったことがうかがえます。あ、あと靖国神社の大鳥居も有名ですよね」

「どれも名立たる日本の建造物や……島そのものが、ほぼひとつの産業で栄えたんやな」

 唸る俺の鼻先を、当たり前のように海風が潮の匂いをさせたまま吹き抜けた先に見えたのは、採石の跡らしき岩肌をあらわにした山の景色だった。

「昔々は百か所以上あった、丁場ちょうばと呼ばれた採石場も、今は二か所だけになってしまいました」

「今も、現役の採石場があるのか……」

「北側の港の近くなので寄って行きますか」

 島内は人も少なく、素朴でほのぼのした雰囲気だ。散歩するには丁度良く、俺の大好きな春を満喫できる最高の風気ふうきの中、今も残る石切り場まで池浪に案内してもらった。

「そういえば、池浪、花粉症は?」

「えっと…、なぜか全然平気ですね」

「島内に杉の木はないのか?」

「木は……興味ないです」

「そういう意味じゃないんだがな」

 

 案内された、今も北木石を産出している採石場は、圧巻の景色だった。切り出された断崖絶壁の岩肌は数十メートルの高さがあり、掘り出された底は池になっていた。例えるならば、中国の桂林のようなイメージだろうか。

「これは……想像以上にすげえ」

 その採石場には観光で訪れる見学者用に展望台が設置されており、ビルの十数階ほどある高さからは、運よく石工の職人さんが数人見えた。

 

「おめえ、耀あかるちゃんじゃろ?」

 

 池浪に声を掛けたのは、いかにも屈強な体格をしたプロレスラーのような男性だった。

大河たいがさんですか?!」

「おおー、久し振りじゃのう。帰ってきとったんかー」

「今回は、仕事で島に戻ることになって来てるんです。こちら会社の先輩の鳥嶋さんです。鳥嶋さん、こちら幼馴染の難波大河なんばたいがさんです」

「おおー、耀ちゃんの先輩なんかー、初めましてわしゃ難波ですわー」

「どうも、鳥嶋です」

 握手した難波さんのその手は、ごっつごつのハンマーのような手だった。

「耀ちゃん、仕事たぁなんか?」

「ああ、ちょっと島の魅力を取材にね……」

「そうなんじゃなぁー父ちゃんにも顔見せちゃってつかぁせぇ」

 そう言って難波さんは石切り場に下りて行った。

「難波さんは石工職人さんなのか?」

「はい、そうなんです。石工職人の若手のエースです。うちのお姉ちゃんの同級生、鳥嶋さんとも同い年ですね」

「そっか。じゃあ島の魅力を探しにでも行こ~やないか~」

「ああ、……島の人たち不安にさせちゃうかなって思って」

「冗談やって。いいんだよアレで」

 池浪の島への地元愛は十分に理解できた。ビッグフットなどと実在もしないモンスターが島で目撃されたなんて、軽々しく言っていいわけがない。

 

「ここから近くなんで、ウチの実家に寄って行っていいですか?」

「ああ、もちろん」

「えっと、その前に……鳥嶋さん、あそこ」

「あん?」

「中華そば屋さんがありますよ」

「めちゃくちゃ腹減ったわ! 行くぞ池浪!」

「ですよねー」

 そこは、こじんまりした店だったが、注文してほどなく出された素朴な中華そばは、格別に美味うまかった。鶏ガラの効いたちょうど良い濃さのスープがよく絡む麺できっぱらがとても嬉しがっていた。

 

「君たち本州の人?」

 

 店内に居合わせた、これまた大柄な中年男性はフランクなノリで親しげに話し掛けてこられた。

「ええ、東京からです」……池浪は地元民やけどな。

「ほおお、はるばる遠くから観光ですかな」

 男性は、年は五十代後半ほどの、縦にも横にもとにかく大柄な背広姿の人だった。

「いえ僕ら、雑誌の取材で北木島の魅力を集めに来てるんです」

「なるほどお、いい所だよねココ。がははは、またどこかで」

「どもー」

 大柄男性はノッシノッシと踏み出し店を出て行った。

 

「今日はデケエ人によく会うな。島の男は皆あんなもんか?」

「あの人……、島の人じゃない」

「なんでわかんだよ」

「標準語だった」

「あ、そっか」

 よく言うなら会社の社長さん、わるく言うならソノスジの人っぽい貫禄かんろくの持ち主。

「本土の石材関係の人かも知れません」

「ああ、しっくりくるわ」

 俺は少しホッとしていた。

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