0237 起源
そういえば、前に聞いたことがあった。池浪の出身がどこなのか……。
――瀬戸内海の小さな島です。その時たしかにそう言っていた。
「7時17分発、のぞみ9号ですからね」
俺は池浪が待ち合わせに指定した品川駅のスタバで、本日のコーヒーを楽しむささやかなひとときを過ごしながら、ネタ会議の日のことを思い出していた。
「お前らはウチの3番4番だからな」
「宮藤さん、マジで勘弁してくださいよ」
「仕方ないじゃん、取締役会から
「てことは?」
「年の暮れの那珂文舎賞チャンピオンコンビだからな……、偉いさんもお前らに大注目の上の御指名だ」
「マジっすか……、嬉しいやら悲しいやら……」
「どうだ池浪は」
「アイツは……」
俺は、あの日の雨の中で大泣きした池浪を思い出していた。
「なんだ?」
「アイツ、この仕事、好きなんですかね?」
「それはお前がよく
「うーむ。そう言われてもなあ……」
「頼んだぞ、アイツのこと。守り導くのがお前の役目だ」
「それ、荷が重すぎません?」
――編集長は俺に何を期待しているんだか……。
「おっはよ~ございま~す」
控えめな声の挨拶とともに池浪が現れた。
「鳥嶋さん、荷物それだけですか?」
「めちゃめちゃ行きたない」
つい心の声が漏れる。
「質問の答えになってませんが……」
俺のスポーツバックを見て『荷物が少ない』とでも言いたげな池浪に答えてやろう。
「嘉多山デスクは、日帰りか一泊でいいから……って言うてたやないか。何をそんなに持っていく物があるってんだ」
「男性は身軽で羨ましいです」
「そういうお前も割と身軽じゃね?」
大きめのバックパックひとつしか担いでいない池浪に尋ねた。
「ああ、手荷物以外は昨日のうちに宅配便で送りましたので」
「お前、それただの帰省じゃねえか」
目的地は、東海道・山陽新幹線で岡山県まで3時間半ほど、そして各駅停車を乗り継いでから、笠岡諸島までは船での航路となる。
池浪の手には、いたってシンプルな石垣の
「ビッグフット……、本当に実在したんですね」
「んなアホな」
三島駅付近を通過する新幹線の車窓に現れた日本最高峰を眺めながら、薄ら笑いを浮かべた。
「ほら鳥嶋さん、浜名湖ですよ」
「…………」
「鳥嶋さん、あれ伊吹山ですね。
「…………」
「鳥嶋さん、あそこ、姫路城です。高台に白くそびえたつ姫路城はまるで羽根を広げた白鷺のようですよね」
「お前は修学旅行生かっ」
その後の車窓の様子は、ほとんどがトンネルとなり、やっとウチの修学旅行生も静かになった。
「池浪、そろそろ着くぞ」
ついにウトウト夢心地の後輩に喝を入れるべく、早めに起こしてやった。
「ああ、ありがとうございます」
俺自身も中学から高校時代はこの新幹線をよく利用したもんだ……などと、決して入れてはならない池浪の、オシャベリスイッチをOFFにしたまま行程を急ぐ。
「おおー! なっつかしぃー!」
いよいよ船での航路に切り替わる笠岡港は、笠岡駅を降りて少し歩いた場所にあった。
「ゲームショップはぴねすで、よく欲しいソフトを買えずに外箱だけ見てたなあ」
そんなことはどうでもいい……。
「では、ここからフェリーでは1時間くらいかかっちゃうので高速船で行きまーす」
俺は『笠岡諸島観光案内』と書かれた地図イラストの巨大な看板を見ながら、池浪に聞いた。
「いっぱい島があるんだな……」
「では、ご説明しましょう。この地図の一番下が今私たちがいる笠岡港です。笠岡諸島には大小31の島々があり、このイラストの通り、人の住んでいる島は
「お前んちは?」
「この真ん中のデッカイ島、
「マジかよ……」
運良くと言うのだろうか、むしろ運悪くと言うべきか、今回ビッグフットらしき写真が撮影されたのが、この池浪の地元『北木島』だった。
「うん、いい時間のに乗れそう……」
待合所の建物内で乗船切符を買い、俺たちが乗り込む船は綺麗なクルーザーのような高速船のようだ。
「観光遊覧船みたいだな」
「ここから次々とあちらこちらに小さな島が見えてきますよ」
船は小さな島々のあいだを縫うようにして進む。ほどなくして目的の北木島への到着を知らせるアナウンスが船内に流れる。
『ようこそ石と流しびなの里 北木島へ』島へ降り立つために渡る赤い橋の先に、歓迎の看板が目に入る。
「池浪……ちょっと聞いていいか?」
「はい。なんでしょう」
島へ降り立った者が目にするそれは、石碑、石像、石のオブジェ、石のモニュメント、どこもかしこも石だらけだった。
「まさかとは思っていたが、お前やはり石の里の生まれなんだな」
「そうですよ」
「この島に、この
「でも、私みたいな
「あたりまえだっ」
ルーツをたどれば、そのものの理由がおのずと見えてくる……。それぐらいポジティブに考えんと、この先やっていけないような気がした。
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