0236 再来

「おい、早くしろ」

 

「待ってくれよ」

 

「アレ、ちゃんと持ったか」

 

「教わったとおり持ったよ」

 

「アイツらも連れてくのか?」

 

「放っておけない。みんな連れてく」

 

「おい、お前らも一緒に来るか」

 

「行くよ。でも行ってからどうするんだ?」

 

「わからん。どうにかなる。きっとここよりマシだ」

 

「どうにでもなれ」

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 春、晴れやかな春の陽、清々しい春の風、寒くもない、暑くもない、最高の季節。

「俺、春が大好き」

「鳥嶋さん、突然ご自分の嗜好を何の前触れもなく発表しないでください」

 池浪に苦言を呈された。だがそんなことは微塵も気にならんほど春の陽気は俺を明朗快活にさせた。

「……お前、春が嫌いそうだな」

「その言葉、猛烈に不愉快で、ハラスメント認定審査会にはかっていただきたいくらいです」

「おお、こわっ」

 俺から見て、池浪は極度ののようだった。目が赤く、鼻を休みなくすすっている。

「でもな池浪、百年後は日本にスギ花粉症は無くなっているそうだぞ」

「でも私もすでに亡くなっていそうだぞ!!」

 

「あのう……、二人ともそろそろ始めようか」

 またやってしまった。うららかな春を感じさせるネタ会議で、気持ちが浮かれてしまっていたのかも知れない……。俺はただちに気を引き締めて言った。

「失礼しましたデスク、お願いします」

「それじゃ、ネタ会議やりましょうね」

 いつもにこやかな嘉多山デスクの表情も少し引きつっていたように思えた。まあ、それは仕方ない……それよりも何故だろう、今日のランチ会議の気分の良さは格別だ。俺のパスタランチセットが陽の光を浴びて輝いている。その理由わけは今日のネタ会議がこのオープンカフェで執り行われているからなのだろう。

 それに加えて何と言っても!

 池浪が静かなこと。

 これは何ものにも代え難い貴重なひと時だ。

「みんな、これちょっと見て欲しいんだけど……」

 嘉多山デスクは画像データのプリントアウトを皆に配った。

「だんですか?ごれ」

 即座に鼻声の池浪が食いついた。これは何となく好きそうだな……池浪は。

「これね、読者の持ち込みなのだそうなんだが……」

「熊?ですか?」

 俺は見たままを言った。

「写っているモノもともかくだが、何やら取締役会で取り上げられてここまで下りてきたんだよ」

 ヤバい、これはヤバそうなニオイがする。絶対に手を出しちゃ駄目なヤツやん。俺は危機回避体勢をとる。

「それで、この写真は?」

 おいっ!池浪!

 

なんだそうだ」

 

「えええええっ!! 未確認生物、UMAですか……」

 手を出しちまった……。俺は知らん。

「そうらしいんだ……、ただねえ」

「なんですか?」

「撮られたのが日本国内だって言うものだからね、どうも信憑性しんぴょうせいに欠けるから本当は私も乗り気じゃないのだよ……」

 そうだ、そうだ、にしましょう、と心の中では叫びながら、俺は冷静を装ってお蔵入りを促した。

「デスク、我が『ディスパッチ』はオカルト超常現象情報誌ではありません。そのたぐいのネタは専門の、世界の謎と不思議に挑戦するスーパーミステリーマガジン様にお任せしましょう」

「でもねえ、記事になるかどうかは別として、調査結果は上に報告しなきゃならないかなあ」

 な、なんでっ?!

「まあ、鳥嶋君と池浪君、ちょろっと行って調べて来てよ。日帰りか一泊でいいからさ」

 

 な、な、なんでえええええ!!

 

「そごって、そんだに遠いんですか?」

「えっとね。笠岡諸島かさおかしょとう……って知ってる?」

「知ってます!」

 充血させた目を輝かせながら池浪が身を乗り出す。

「岡山県の南西部にある瀬戸内海に浮かぶ島々です。その多島美たとうびには笠岡ならではのおもむきがあって、それぞれ特色あふれた島々には、近年では全国から観光に訪れる来訪者が増加中の注目スポットですね」

「お、おう……池浪君、やけに詳しいんだね」

 

「笠岡は、私の生まれ故郷です!」

 

 マジかよ……。せっかく静かにしてくれていて平和だったのに。

「行くわよ、モルダー捜査官!」

「X-ファイルを気取るんじゃねえ!」

 

 ――このときの俺は、これから待ち受ける波乱の幕開けを完全に甘く見ていたのだった。

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