0134 途上

 日本列島に寒波が流れ込んでいます。帰省ラッシュに影響が出る恐れもありますので注意して下さい。

 日本付近は冬型の気圧配置になっていて、列島は強い寒気にすっぽりと覆われています。この後もさらに強い寒気が流れ込む予想で、西日本の平地でもすでに10センチを超える積雪の所もあり、広い範囲で大雪になる見込みです。午後からは、飛行機や列車の遅れ、運転見合わせなど帰省ラッシュに大きな影響の出る恐れがあります。今後の交通情報に注意してください。

 

 喫茶店のテレビから流れるニュースが、東京の年末大寒波だいかんぱを伝えていた。そんなことは数日前から分かってましたよ、と俺は目をそばめる。今は早めの昼食を済ませようと東京タワー近くの老舗しにせ喫茶店でハヤシライスを堪能中たんのうちゅうだ。

 

 ――ブーブブッ。俺のスマホにLINEか何か届いたようだった。

 新着メッセージ[いけあか]それは池浪からだった。

[お疲れ様です。池浪です。]

 俺はレベルMAXに嫌な胸騒ぎがした……。

[今どこにいる?]

[芝給水所公園です]

[なんで?!]

[サッカー少年たちを見てます]

[だからなんで?!]

[ここへ迎えに来てもらえませんでしょうか]

 意味不明だった。ただ俺はそのまま従うことにした。

[わかった。そこに居てくれ。]

 ――近くで良かった。この交通麻痺の時に、多摩川緑地とでも言われたら完全にアウトだった。俺は堪能中だったハヤシライスを早食いするという苦渋くじゅうの決断をし、サッカー少年観戦中の池浪の元へ急いで向かった。

 

「おい、ここで何をしている」

「あっ、鳥嶋さん」

 サッカー少年たちは元気だ。彼らは大寒波など関係なく、芝給水所公園のサッカー場を走り回っていた。

「身なりはちゃんとしてきたか」

「はい、一応……」

 池浪はコートとマフラーを少し緩ませ、こちらに今日のコーディネートを披露した。

「なんだそのパープルのネクタイは!」

「えっ!! 可笑おかしいですか?! 気に入っているネクタイなので」

「まあ、大丈夫やろ……。行くぞ」

「…………」

「なんやねん」

「少し……、行くことに躊躇ためらいが……」

「くっ、くくくっ」

「なんですか」

「笑って、泣いて、怒って、喜んで……、ほんまオモロイわお前」

「どういう意味ですか、それ」

「まあ堂々としてろや。今年のチャンピオンはお前や」

 

 ――池浪は本年度の『那珂文舎賞』を受賞したのだ。あの特集記事で池浪はノンフィクションとして高い評価を受け、他の著作物を抑えダントツで審査の票を集め得た。若い女性記者のルポタージュ作品が年間コンペティション大賞の受賞ということもあり、業界内の注目は大きく、今日の受賞式記念パーティもきっと大きな盛り上がりを見せることだろう……、と思ったのだが、本人は完全にその前評判に気圧けおされてしまっている。

 

「本当に、いいんでしょうか私で……」

「いいに決まってるやん」

 やっと歩き出した池浪だったが、まだこんなことを言っている。

「鳥嶋さんはどんな精神状態だったんですか?!受賞式のとき」

「精神状態て……。晴れやかな高揚した気分やろ」

 本当は真っ赤な嘘だがな。

「わかりました。無心でのぞみます」

「いいねえ、男前やわ」

「女です」

 

 東京パークタワーホテルでは、那珂文舎の毎年恒例、本年度の締括しめくくりともいえる『那珂文舎賞』の受賞式記念パーティが始まろうとしています。那珂文舎オンラインでは、この受賞式の模様をライブ配信でお送りする予定としております。どうぞ皆さま最後まで存分にお楽しみください。

 

 出版氷河期、しかもノンフィクションというジャンル自体が低迷するこの時代に、若き天才出現とでも言わんばかりの気合の入り方がうかがえる。低迷とはいえ、ウチは写真週刊誌でノンフィクションは那珂文舎でも大きな柱のひとつだとも言える。そりゃ最近おっぱじめたオンライン映像ライブ配信も使いたい訳だ。

 そして式典は著名な司会者の言葉で始まり、音と光の様々な演出をはさみながら各賞の発表と授与が行われていった。そしていよいよ池浪の大賞が発表される。

 

 

 

 本年度、那珂文舎賞は『魔女裁判』池浪耀、本作品が受賞いたしました。

 

 

 

 池浪が案内役にエスコートされ、檀上に上がる。硬い、動きも表情も硬すぎる。壇上の池浪はガチガチでブロンズ像と楯を受け取り、正面へ向き直ってカメラのフラッシュを浴びた。そして、ふと俺と目が合った池浪は、今日一番の満面の笑みでこちらに笑ってみせた。とりあえず『石』のような硬さはとれて良かった。俺はホッとした。

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