0130 投影

「わざわざ来ていただいて、すみません」

 奈菜実ちゃんは申し訳なさそうに、池浪にそれを託した。そしてどこか照れ臭そうに、掛けている眼鏡を取っては掛け直していた。

 施設の集会室で託されたそれは、天窓から差し込む光をキラキラと反射させてみせた。

七宝焼しっぽうやきでしょ、これ。とっても綺麗」

「クラブ活動で作りました。これ、由喜恵さんに約束してたんです。完成したらプレゼントするって。だから、どうしても届けて欲しくて無理なお願いを……」

「いいの、いいの。ここの丸玉の所、ルミナスストーンかな?」

「さすが池浪さんです。由喜恵さんに貰った石のひとつなんです」

「素敵だね。石の接着、難しかったでしょ」

「美術の先生が、エポキシでやれば着けられるって」

「なるほどね。大事に預かるね」

「よろしくお願いします」

「えっと……、これこれ。奈菜実ちゃんと陸くんに。これも綺麗でしょ」

 池浪がいつものようにと、ジャケットのポケットから取り出した小石は、ビーズのようなカラフルなものだった。

「何て言う名前ですか?」

「こっちがラベンダーアメジストで、こっちがイエローオパールって名前だよ」

「今日、陸くんたち小さい子の班は農家にお邪魔して、芋掘りなんです」

「あはは、それは楽しそう。じゃあ陸くんには奈菜実ちゃんから渡してあげてね」

「はい、ありがとうございます」

「じゃあまた来るね」

「あの、池浪さん!」

「えっ?」

「私、池浪さんが好きです。ずっとお友達でいて欲しいです。また来てくれますか?」

「もちろん!いつでも来るよ!」

「嬉しいです。じゃあまた」

 池浪と奈菜実ちゃんは仲良く握手していた。友達同士というよりは……姉と妹?では少し離れすぎか。奈菜実ちゃんにとって池浪は憧れの先輩……ってところか。もしくは……。

「鳥嶋さん、お待たせしました」

「いやいや、いいね。憧れの先輩かな、奈菜実ちゃんにとって池浪は……」

「えっと、いや……何となく思うんですけど、由喜恵さんってここではとても子ども達に好かれていましたよね。いつもは子ども達とどんな風に話したり、一緒に遊んだりしていたのかなって思うと、もしかして由喜恵さんもこんな風に石の話をしていたのかもって……」

「そうかもな」

「この七宝焼きの天然石は、由喜恵さんに貰ったって奈菜実ちゃんから聞いて思いました。もしも私にわずかでも、子ども達が由喜恵さんを投影できるところがあるのならば、それは残してあげたいと」

 俺もそんな気はしていた。人物像や年齢は違えど、白峰さんと池浪に共通する部分……、ざっくりと似た所があるのなら、好かれることは至って自然なことだ。

「いいんじゃないか。ここにお前が来ると岸部さんも子ども達も嬉しそうだし……」

 それに、池浪自身もここに居るときは心なしか楽しそうだ。そう言おうとして、俺はやけに照れ臭くなってそれ以上は止めておいた。

 施設のデカイ高麗門をくぐった俺たちは、もう刈り取られてすっきりした向かいの田んぼを、さらうよう吹き上げる風に、雲の流れが早まっていることを感じ取った。

「早めに向かおうか、お墓参り」

「はい。お天気、崩れそうですもんね」

 俺は社用車の備え付けナビに目的地をセットした。

 

 白峰さんの眠る墓地は、施設からもほど近い、静かな山あいの中の大きな霊園だった。雛壇状の墓地全体には、均一に等しく整列した墓石が市松模様いちまつもようのように広がっていた。

「ビニール傘、買ってきてよかったですね」

「そう?まだ降ってきてないやん」

 今日は車だけど傘は必要だという、的確な池浪の言葉にわざわざ強がりを言ってみたものの、今にも降り出しそうな空模様に「まだ降るなよ」と小さくつぶやきながら、俺は柄杓と手桶に水を用意していた。

「鳥嶋さん、ありがとうございます」

「あ、いやいや」

 事前に聞いてきた白峰家のお墓の場所まで進みながら、道脇の四ツ目垣に組まれた竹柵に、トンボが止まっては飛び、また止まっては飛びを繰り返す様子を眺めていたが、俺は池浪の言葉に我に返る。

「あ、人が……」

 ちょうど目印になる、くねった松の木の下の白峰家のお墓には、俺たちより先にお参りをし終えられた方が居られた。

 

 

 

「蒼井果奈……さん、ですか」

 

 

 

 池浪がそう尋ねた相手、それは紛れもなくその人だった。一緒に居る体格のゴツイラガーマン風の男性は、あの弁護士の夫だ。

「まじかよ」

 心の準備など一切せず油断し切っていた俺の心臓は、激しく脈動し武者震いのような感覚が全身を走った。

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