0122 証人

「モデルみたいな人……」

 池浪が小さく言った。

 女弁護士が証言台の前に歩み出る。検察側の証人は全員証言を終え、これから弁護側の反対尋問が行われる……、予定だった。

「裁判長、一点だけ審判に追加していただきたい事案があります」

「な、なんですか?!」

 裁判長は、かなり驚いた様子で聞き返した。

「弁護側から証人を一組だけ追加させていただきたいのです」

「異議あり!」

 かさず黒縁検事が切り込む。

「公判前手続きの際に提示されていない証人は認められません」

「……検察の異議は本来、認められます。弁護人、それはどのような証人なのですか」

「目撃者です」

 傍聴席がドッとどよめいた。

「検察の側の目撃者である、結城さん以外の目撃者が、公判前手続きの後になって名乗り出て来られました。今からほんの4日前の出来事です。その証言は、非常に重要な事件の核心に触れる証言です」

 さらに傍聴席が響めく。3人の裁判官は一旦席を立ち、話し合いをはじめた。おそらく、その証人を証言台に立たせるべきかどうかを審議しているのだろう。

 新たな目撃者の事件の核心に触れる証言……どういう意味だ。これ以上何があると言うんだ、結城さんの目撃証言で蒼井果奈が殺害したことは明らかになって、解剖医の大津奇さんがそれを裏付ける検死結果を示した。それでも、わざわざ弁護側から証人として追加を申し出るほどの目撃証言……。理解できない。

 裁判官たちは席に戻り、裁判長が女弁護士に尋ねる。

「弁護人、先ほど証人をと言いましたが、一人ではないのですか?」

「目撃者は二人で一緒に現場におり、同時に事件を目撃しました」

 裁判官たちは、視線をそれぞれに合わせて意思疎通し裁判長がうなずいた。

「証人の追加を認めます」

「ありがとうございます」

 女弁護士はゆっくりと弁護側席の方を振り返り、弁護側の係の者に合図をする。それと同時に、弁護側席の前の被告人席に座る蒼井果奈が、顔を上げ女弁護士と目を合わせたように、……俺からはそう見えた。

 証言台の前には二人の女性が招かれ、まず背の高い女性が証言台に立った。

眞鍋まなべ優子ゆうこさんですね」

「はい」

「被告人や被害者とどのようなご関係ですか」

「私たちは蒼井さんと一緒に菜園を育てている仲間です」

 ガタッと傍聴席が少し鳴った。俺の右隣に座る池浪の左手が、最前列席前の柵を掴んでいた。その手に力が入っているのが見て取れた。

「塀……、壊した人たちだ」池浪がつぶやいた。

 そうだ、菜園の仲間ということは、あのオバハンと塀を壊した数人の内の二人ってことだ。器物損壊を白状したんじゃないのか?なのに今さら何だってんだ。

「事件を目撃するに至った経緯を教えていただけますか」

「自然野菜家族の農園と私たちの菜園は、目と鼻の先にある同じ地区内の農地です。私たちはこれから来年以降も菜園を続けていく予定でしたが、あるとき自然野菜家族の農園がこちらの土地を買い取ろうとしている噂を聞きました」

 確かに……、白峰さんに農園拡張の意思があったことは、梶谷不動産さんから聞いた。だがそれが、主婦たちの菜園を取り上げてだなんて、そんな手段で農地を広げようとまでしそうにないのだが……。

「私たちはそのことが、どうしても許せませんでした。何が何でもやめさせたかったんです。そして私たちは、自然野菜家族に嫌がらせをして、それを諦めさせようとくわだてました。そのこと自体が犯罪だともちろん分かっていましたが、あちらの農園に建てられたばかりの塀の壁を壊してやろう、となったのです。もうその時は皆、善悪の分別ふんべつもつかなくなっていたのだと思います」

「それで、実行されたのですね」

「はい。それが事件の起こる前日の夜です。私たちは、鶴嘴つるはしくわなんかを使って土塀を壊しました。…………だけど」

「だけど?」

「私と井上さんは、やった後そのことの罪悪感に耐えられませんでした。翌日の朝早くになって様子を見に、壊した塀の所に二人で行きました。そして……、事件を見てしまいました。最近になって、私たちがやってしまったことはもう隠せないだろうと相談になって、警察に行きました」

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