0123 時間

 一人目の証人、眞鍋という背の高い女性は一旦後ろに下がり、今度は少し背が低めの二人目の証人が前へ出た。

 女弁護士は法壇に向かって軽く会釈し、長い髪を片方だけ耳に掛けてから話し始めた。

井上いのうえ麻里まりさんですね」

「そうです」

「井上さんも、眞鍋さんたちと菜園を作っているのですね」

「はい」

「そして眞鍋さんたちと計画した嫌がらせのために、自然野菜家族の農園の土塀を壊し、翌朝にはそれが心配になったため、様子を二人で見に行った」

「は、はい」

「では、見に行った時の出来事をお話しください」

「私は、あの晩は一睡もできませんでした。明け方ごろになり、まだ暗い時間でしたが、私は眞鍋さんにメールを送りました」

「どのようなメールですか」

「心配だから一緒に見に行こう、という内容です。すぐに行きます、と返事が来たので私はしばらくして家を出ました」

「井上さんと眞鍋さんは、一緒に行かれたのですね」

「はい。壊した塀の場所に二人で着いた時には、そこには誰も居ませんでしたが、しばらくして人が来たのが分かったので、すぐ横のビニールハウスの裏に二人で隠れました。来られた人は白峰さんだって、すぐ分かりました」

「何故すぐ分かったのですか」

「いつも白い服装をしていらっしゃったので」

「その時の被害者はどんな様子でしたか」

「壊れた塀の所でしゃがみ込んで、壊れた塀の残骸ざんがい欠片かけらを集めているようでした。そして、声も……」

「どんな声ですか」

「泣いておられるように聞こえました。私はとんでもないことをしてしまったのだと心が痛みました。そして、そこに……蒼井さんが突然、現れたんです」

「その時の被告人は、どんな様子でしたか」

「スコップを持って立っていました。それから二人は何かボソボソと会話したように聞こえましたが、何を言っているかまでは聞こえませんでした。そして、ああ……」

「大丈夫ですか」

「ああ、す、すみません」

 証人は話し続けるのがかなり辛そうに見えた。声色は震え、むせぶような雰囲気になった。

「中断しますか?休むことも可能ですよ」

 女弁護士が気を掛けた。

「……大丈夫です、続けられます」

 ただ証人は、すぐには証言を再開できない様子だった。静かに深呼吸をし息を整えていた。そして次の瞬間、予想だにしない証言がその人の口から発せられた。

「白峰さんが大声で何か言い、手に大きな石を持って、蒼井さんに、襲いかかったんです!」

 

「そんなはず絶対にありません!」

 

 池浪だった。立ち上がった彼女の口から発せられた、とてつもなくデカい声が法廷内中に響き渡った。そしてそこに居た全員が池浪の方を見た。

 

「傍聴人、静粛にしてください」

 

「白峰さんが手に持った石は、このヒスイの原石だったはずです!そんな神聖な石で人を襲うわけがない!」

 

「傍聴人!従えないのなら、審判妨害罪になりますよ!」

 裁判長の怒号が池浪に浴びせられる。

「おい、池浪、座れ」

 池浪は、自分が右手に持っている緑色の石が、その『ヒスイ』だと法廷内の全員に見えるよう頭上に掲げていた。そして俺が咄嗟とっさつかんだ池浪の左腕は、ガタガタと震えていた。怒りか、恐怖か、悔しさか、悲しみか、俺にはどれとも取れるものだった。

 ――そして池浪は、その場に崩れ落ちるように席に座った。

 

 こちらをジッと見ていた女弁護士は、それは何事もなかったかのようにきびすを返し、法壇に向き直って尋問を再開した。

「手に大きな石を持って襲いかかった。それでどうなりました?井上さん」

「蒼井さんがけるようにスコップを振って、それが白峰さんの頭に当たりました。ゴツンと音がして白峰さんが倒れました」

「被告人がスコップを振らなかったらどうなりましたか」

「大きな石で襲われていました」

「異議あり」

 証言を止めたのは黒縁検事だった。

「たらればな質問に対する推測を基にした証言は、単なる証人の『見て感じた気持ち』でしかありません」

 一瞬の間も空けずに女弁護士は切り返す。

「この証言は、を裏付ける極めて重要な証言です。しかもその現場をお二人の方が同時に目撃しているのです」

「異議を却下します。弁護人続けて」

「それでは、眞鍋さん再び前にどうぞ」

「はい」

「今ほどの井上さんの証言では、被害者は大きな石を持って襲い掛かったと証言されましたが、眞鍋さんからはどう見えましたか」

「白峰さんは、大きな石で蒼井さんに殴り掛かろうと迫って行きました」

「そうですか。では被告人がスコップでに及ばなかった場合どうなりましたか」

「殴られていたと思います」

「つまり先ほどの目撃証言は、時間的に遅れていて、直前の行為の様子が欠落していたということでしょうか」

「そうです。私たちは結城さんが目撃するそのずっと前から見ていました」

「これらの証言から、被告人が行った行為は、自己の生命の侵害のおそれに対して、やむを得ずになされた侵害者に対する防衛行為であり、よって――」

 

「弁護側は、被告人の『正当防衛』を主張します」

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