0121 犯行

 その人はもう、証言台に立ったばかりの時とはまるで別人だった。滔滔とうとうと、まるで季節外れのせみが鳴くように話し続けた。

「そのまま後を尾行つけては見つかるので、犯人からは見えない畦道あぜみちの方から追いました。犯人は周囲を気にする様子もなかったので、こちらが見つかる心配はありませんでしたが、まったく立ち止まることなく、まっしぐらに進んで行く犯人のことは、急いで追わなけらばなりませんでした。その勢いは、私たちが皆で作っていた菜園の場所で、一旦止まりました。犯人は少しキョロキョロして、また歩き出しました。その時に目的の場所がわかりました。その先の方向には自然野菜家族の農園しかありませんでしたので……」

「その時は、結城さんから何が見えましたか」

「その先の農園は少し土手を登った場所にありますんで、下からは犯人の姿だけ少し見えていました。私もその斜め後ろ側からコッソリ登ってのぞいた時、大きな声が聞こえてから、白峰さんが見えてすぐ一瞬の出来事でした……」

 ――突然、証人の蝉の声は止んだ……。黒縁検事に続きを促されるまで、それは止まったままだった。

「結城さん、大丈夫ですか」

 

「ゴン! ……と、聞こえて」

 

 その時の法廷内は、深い水中の静けさに似ていた。その空間の誰もが息を呑んだ瞬間だった。

 

「結城さん……?」

「白峰さんが倒れました。一瞬、何が起きたのかと思いましたが、すぐにわかりました。犯人が手に持っていたスコップで叩いたんだと……」

「被告人はどうしましたか?」

「倒れた白峰さんのことを気に掛ける様子もなく、ただ突っ立ってました。私は大変な事を見たと思ったので、すぐに自宅に戻って警察に電話しました」

「どうして被告人は、ただ突っ立って見ていたのでしょう」

「それで目的を果たしたからなんじゃないですか」

「異議あり」

 また良く通る声が響いた。

「強引に動機に結び付けようとする誘導尋問です」

「認めます。検察、質問を変えて」

「では最後に、その時の犯人はどんな服装でしたか?」

「その時、犯人は農作業するような服装でした」

「ありがとうございます。以上です」

 

 ――目撃者の証言は事件の核心に触れるものだった。これでこの事件は、被告人蒼井果奈の犯行であることは間違いないものとなった。


 検察側の最後の証人は、3ピースの背広に身を包んだグレーヘアーの渋い男性だった。

 黒縁検事は証人の男性に尋ねた。

大津寄おおつき堂人あきひとさんですね」

「そうです」

「ご職業は」

「医大の法医学室の解剖医です。今回の司法解剖を担当しました」

 医師の低い声は落ち着いていて良く聞こえた。

「では大津寄さん、死体鑑定書に基づいた司法解剖の結果をお話しいただけますか」

「はい。この事件の被害者の死因は、脳挫傷に伴う外傷性くも膜下出血による死亡と断定されます」

「その根拠は?」

「被害者の頭部、左の蟀谷こめかみの辺りに強い打撲痕がありました。このことから凶器とされたスコップのの部分が、強く被害者の左の側頭部に打ち付けられたことが解ります。またこれは、持ち手部分から検出された被害者の皮膚からも断定できます。打痕は一箇所ですので、一度の殴打で受傷したことになります」

「一度だけの殴打で人を死亡させることは可能ですか?」

「この件については、スコップの持ち手が作用していることもあり、逆にスコップの剣先よりも軽い力で、さらに複数回作用させることなく致命傷に至っていることから、可能と言えます」

「女性の被告人が行うには、剣先よりも持ち手の方が実効性が高いということですね」

「ああ……」

「異議あり」

 女弁護人が立ち上がった。彼女は医師の返答を待たなかった。

「実効性の程度は犯行の立証趣旨とほぼ無関係です」

 裁判長はわずかに間を置いて告げた。

「異議を認めます」

 黒縁検事は少し息を吐き、尋問を続けた。

「被害者の防御創ぼうぎょそうなどの有無は?」

「特に目立って争った痕などありませんでした。被害者の手には地面の土の付着と細かい傷があり、爪にも土を掻いた痕跡がありました。このことは素手で農作業し、傷んだ手であったことが解ります」

「つまり被害者は防御する間もなく無抵抗であった?」

「そう言えます」


「これで、検察側の証人尋問を終わります」

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