0121 犯行
その人はもう、証言台に立ったばかりの時とはまるで別人だった。
「そのまま後を
「その時は、結城さんから何が見えましたか」
「その先の農園は少し土手を登った場所にありますんで、下からは犯人の姿だけ少し見えていました。私もその斜め後ろ側からコッソリ登って
――突然、証人の蝉の声は止んだ……。黒縁検事に続きを促されるまで、それは止まったままだった。
「結城さん、大丈夫ですか」
「ゴン! ……と、聞こえて」
その時の法廷内は、深い水中の静けさに似ていた。その空間の誰もが息を呑んだ瞬間だった。
「結城さん……?」
「白峰さんが倒れました。一瞬、何が起きたのかと思いましたが、すぐにわかりました。犯人が手に持っていたスコップで叩いたんだと……」
「被告人はどうしましたか?」
「倒れた白峰さんのことを気に掛ける様子もなく、ただ突っ立ってました。私は大変な事を見たと思ったので、すぐに自宅に戻って警察に電話しました」
「どうして被告人は、ただ突っ立って見ていたのでしょう」
「それで目的を果たしたからなんじゃないですか」
「異議あり」
また良く通る声が響いた。
「強引に動機に結び付けようとする誘導尋問です」
「認めます。検察、質問を変えて」
「では最後に、その時の犯人はどんな服装でしたか?」
「その時、犯人は農作業するような服装ではありませんでした」
「ありがとうございます。以上です」
――目撃者の証言は事件の核心に触れるものだった。これでこの事件は、被告人蒼井果奈の犯行であることは間違いないものとなった。
検察側の最後の証人は、3ピースの背広に身を包んだグレーヘアーの渋い男性だった。
黒縁検事は証人の男性に尋ねた。
「
「そうです」
「ご職業は」
「医大の法医学室の解剖医です。今回の司法解剖を担当しました」
医師の低い声は落ち着いていて良く聞こえた。
「では大津寄さん、死体鑑定書に基づいた司法解剖の結果をお話しいただけますか」
「はい。この事件の被害者の死因は、脳挫傷に伴う外傷性くも膜下出血による死亡と断定されます」
「その根拠は?」
「被害者の頭部、左の
「一度だけの殴打で人を死亡させることは可能ですか?」
「この件については、スコップの持ち手が作用していることもあり、逆にスコップの剣先よりも軽い力で、さらに複数回作用させることなく致命傷に至っていることから、可能と言えます」
「女性の被告人が行うには、剣先よりも持ち手の方が実効性が高いということですね」
「ああ……」
「異議あり」
女弁護人が立ち上がった。彼女は医師の返答を待たなかった。
「実効性の程度は犯行の立証趣旨とほぼ無関係です」
裁判長は
「異議を認めます」
黒縁検事は少し息を吐き、尋問を続けた。
「被害者の
「特に目立って争った痕などありませんでした。被害者の手には地面の土の付着と細かい傷があり、爪にも土を掻いた痕跡がありました。このことは素手で農作業し、傷んだ手であったことが解ります」
「つまり被害者は防御する間もなく無抵抗であった?」
「そう言えます」
「これで、検察側の証人尋問を終わります」
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