0117 女性

「これは?」

「これは楊梅色やまももいろ

「これは?」

「これは菜種色なたねいろ

「じゃあこれは?」

「これは灰桜色はいざくらいろ

「これも好き」

「これは縹色はなだいろかな」

「いろのなまえ、たくさんあるんだね」

りくくんも、たくさん覚えたよね」

「いけなみさん、すごいね」

「私の年長さんの時より、陸くんの方がすごいと思うよ~」

「えへへ。そうかな~」

「はーい、じゃあ今日はこの4つを陸くんにあげまーす」

「いけなみさん、ありがとう。どれか、ななみちゃんにあげてもいい?」

「いいよ。陸くんが好きな人にあげるといいよ~」

 

 俺たちは『赤心せきしんいえ』にお邪魔していた。池浪が、岡野陸くんにあげたい物があると言って持って来たそれは、いくつかの淡い色の小石だった。

 

「陸くん、またね」

「またね、いけなみさん」

 池浪は陸くんに優しくハグをした。そのふたりの笑顔はほがらかだった。

 

「もう、いいのか?」

「はい、ありがとうございます」

 先にデカい門の手前で待っていた俺にそう告げ、静かに歩き出した池浪の表情は、先ほどまでとはまるで違うするどさがあった。

 初公判の日の、その裁判所へ向かう前ここに寄らせて欲しいと言って来た池浪の本心は、俺には当然分かるはずはないが、当然のようにそれをこばむ理由もまたあるはずはなかった。

 

 地方裁判所までの道のりは、何か特別な緊張感があった……例えて付け加えるならば切歯扼腕せっしやくわんるいする感覚を覚えた。だがしかし単に俺たちは、俺たちが関与した訳でもなければ、家族や親戚でも同僚が関わった訳でもない、ただ単に日々数え切れないほど起こる事件の中のひとつの公判を傍聴する……それが自分たちの担当した事件。ただそれだけのことが、何故かただそれだけのことに思えずにいた。

 つい先ほどまで秋晴れを感じさせてくれていた空は、次第にその様子を変え、透き通っていたあおはたちまちにごり出していった。

 俺は、自分たちが知った『真実しんじつ』が、自分たちの信じる『心実しんじつ』なのかのジャッジメントをこの裁判で否応いやおうなしに、それを眼前がんぜんに叩きつけられるようで本当は怖いのかも知れない。そう考えながら乗り込んだ都市の近代化を象徴するモノレール線は、その濁った色の空を切り裂くように驀進ばくしんし目的地の駅まで俺たちを運んでくれた。

 

 ――当日開廷の少し前に交付される裁判の傍聴券は、傍聴希望者に対する抽選が行われ、予定数を少し余し締め切られた。

 俺も池浪も、裁判を傍聴するのは初めてではない。大抵は新人の頃、先輩に連れられメモ係を命ぜられる。裁判の傍聴では録音や録画は禁止されているためだ。

「鳥嶋さん、今どんな気持ちですか?」

 池浪がしばらくぶりに言葉を発したように思えた。俺は何も考えず正直に今の気持ちを述べた。

「腹が減った」

 池浪がけたたましく覚束無おぼつかない関西弁を披露した所で一旦足を止め、俺は一呼吸おいた。

 裁判所の入り口を入ってぐの机の上の開廷表かいていひょうには、その日の裁判スケジュールが記されている。目的の法廷は3階のようだ。心なしか池浪の歩く速度が早い。

 3階には俺たち同様にマスコミの姿もあり、他社の見たことのある顔も見えた。ただ俺は他社の連中が超嫌いだ。

 ――「あれ、じゃね?」「え、マジ?あの?」

 それでヒソヒソ喋ってるつもりか? 誰がバードじゃ、しかも、じゃねえ!那珂文舎なかぶんしゃじゃボケ!

 ――場所が場所だけに、無表情に心の中だけで相手を罵倒ばとうした俺は、さっさと法廷に直行した。

 303号法廷という部屋の傍聴人入口の横には、開廷表にあった裁判名が書かれている。

 被告人名<蒼井果奈>

 今日この女がどんな人間なのかが明らかになる。

 

 法廷内は正面に法壇、その前に証言台があり、右の弁護側席の前に被告人が座る形になっていた。俺は検察側席に近い、傍聴席の左の方に座った。次いで池浪は俺の右隣に座る。見るとその手には薄緑色の石が握られていた。

 やがて、両脇に刑務官が付いた被告人が法廷内に入ってきた。長い黒髪を後ろで結んでいる蒼井果奈は、写真画像で見た印象よりやや線が細いように感じた。

 続いて検察官と弁護人がそれぞれ入廷した。

 蒼井果奈の弁護人は『女性』だった。

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